私の住む関西が、(ダイキン淀川製作所が主要な汚染源となって)、発がん性物質であるPFOA(PFASの一種)にひどく汚染されていることに気がついた2023年から、その汚染の浄化やさらなる汚染の阻止を、どのようにすればできるのか、模索する日々が続いてきます。
この問題の解決のために、国も地方行政も、大手メディアも、ほぼ動かないなかで、一筋の光のように見えたのが、2023年に日本に調査にやってきた「ビジネスと人権」作業部会でした。「ビジネスと人権」とは、国連が定めた、企業活動と人権の関係についての人権尊重の責任を明確にするグローバルな枠組みで、調査官たちはダイキン淀川製作所のある摂津市の住民とも面談し、調査終了後の記者会見で以下のように述べました。
「不安を感じるステークホルダー(製作所周辺住民)は、地方自治体も政府も、水道水中のこれら永遠に残る化学物質(PFAS)の存在について、十分な対策を講じていないとして、水と土壌のサンプリング調査や健康に対する権利への影響に関するモニタリングを求めています」
「私たちとしては、UNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)と汚染者負担の原則に従い、この問題に取り組む責任が事業者にあることを強調したいと思います」*1
この作業部会の動きを知って以来、調査で来日された作業部会のYeophantong氏のオンライン・セミナーなどに参加するようになりました。何度かダイキンによるPFAS汚染についても質問しましたが、そのたびに、
「人々の健康や人権、環境より利益を優先する企業が、今後国際的なサプライチェーンで生き残るのは難しい」と強調され*2、「ビジネスと人権」のアプローチが、関西のPFAS汚染の元を絶ち、また、日本社会に蔓延する「人々の健康や環境よりも企業利益」という古い価値観を変えることができるのではないかと思いました。
今月、この「ビジネスと人権」を具体的にどのようにPFAS問題の解決に活用できるのかを考えるために、2冊ほど書籍を読みましたので、重要と思える部分をまとめておきます。
以下、緑字は引用を表します。
『「ビジネスと人権」基本から実践まで』塚田智弘著 2024年刊 より
「国際的に認められた人権」と企業が及ぼす負の影響の例
・社会権規約第11条(本条は、相当な生活水準についての権利:相当な食糧、衣類および住居を含む相当な生活水準、ならびに生活条件の不断の改善についての権利を保障する。)
↓
企業活動は、地域の給水の汚染や過度な使用により、水についての権利を人々が享受することを著しく妨げる場合、水についての権利に影響を及ぼすことになる。(p.39)
・社会権規約第12条(健康についての権利:本条は、到達可能な最高水準の身体および精神の健康についての権利を保障している。)
↓
採取会社や化学会社など、その活動から汚染リスクが特に大きい部門の企業は、汚染が労働者および近隣コミュニティのメンバーの健康に関する権利に負の影響を及ぼさないことを確実にするために実施している方針および制度について、厳重な精査を常に受ける立場にある。(p.40)
このように、企業活動による環境破壊を通じて人権が脅かされることのないよう、その防止や軽減のための対応が求められているのです。
また、実際に生じてしまった負の影響については救済を提供していくものである点から、被害者はライツホルダー(正確な定義では、人権に負の影響を受ける<可能性のある>者)という語も用いられ、ステークホルダー(利害関係者)の中でも、特に重視されます。
では、その重視されるべきライツホルダーと企業はどうかかわるのでしょう?
それは、ステークホルダーエンゲージメントと呼ばれます。
以下、『「人」から考える「ビジネスと人権」』湯川雄介著 2024年刊 より
「ビジネスと人権」対応において、「一丁目一番地」ともいわれるのが、ステークホルダーエンゲージメント。すなわち
人権リスクの特定と評価、それへの対処の追跡調査、そして苦情処理メカニズムの過程において、ステークホルダーとの「有意義な協議」、「フィードバックの活用」、「情報提供」などが求められることが、その出発点。(p.271)
企業の人権尊重責任は、企業活動による個人の人権への負の影響を予防、軽減、是正することです。そのためには、負の影響を受ける個人(ライツホルダー)本人の話を聞くことが一番確実ですし、それなくしては人権尊重責任を果たすための諸々の行為を適切に行うことはできないでしょう。(p.272)
そして、このプロセスは、必須であり、これを省略することは「あり得ない」ぐらいの意識が必要です。(p.274)
「話すべき相手」についてよくある誤解(日本ではほとんど以下の様相と思われるので要注意です。)
対話が可能なライツホルダーや関連ステークホルダーがいるにもかかわらず、これらと話をせず、その地域のコミュニティの代表者(例えば村落の長)、現地の政府の担当者(例えば、労働問題を管轄する役所や、地方政府の担当者)と話したり、さらにひどい場合には自社が雇用している現地のコンサルタントに相談する「だけ」という場合があります。
これらの会話には意味がある場合ももちろんあるでしょう。しかし、地元のコミュニティや地方政府などは、ライツホルダーとの距離が遠かったり、投資誘致や税収や雇用の理由により、ステークホルダー本人よりも企業や地域、国の利益(最悪の場合は自身の利益)を優先して考えるなど、そもそもライツホルダーと利害が相反している場合も往々にしてあります。そのような懸念がある中で、たとえ工場がある村の村長や、中央政府の大臣が「工場では人権リスクは生じていない」と認めたとしても、ステークホルダーエンゲージメントの趣旨に照らして全く意味がないことは容易に理解できると思います。(p.282)
以上、ダイキンのPFAS汚染問題の解決に重要と思えるコンセプトを紹介しました。
これに則ると、まずは、企業側は、ライツホルダーである周辺住民をはじめ、ステークホルダーに含まれる「人権擁護者」(住民のために正当に問題を提起する弁護士やNGO)との協議、対話、情報提供を持続的に続けていくことが出発点です。そこから是正、救済へと向かうプロセスを構築する。このステークホルダーエンゲージメントを行えない企業は、「ビジネスと人権」の指導原則から逸脱し、人権リスクを引き起こしている企業として、サプライチェーンから外されても不思議はないでしょう(例えば、A社がこのような企業と取引することは「直接関連する」負の影響となり、A社も対応を求められます。)
「人々の健康や人権、環境より利益を優先する企業が、今後国際的なサプライチェーンで生き残るのは難しい」のです。
私たちステークホルダーは、この「ビジネスと人権」の指導原則と汚染者負担の原則に則って、PFAS汚染による環境破壊の防止、軽減、是正、そして救済を、汚染者である企業に求めていきましょう。
関連サイト
*1 国連調査団「汚染者負担の原則に基づき、事業者が責任を」/
記者会見開きダイキンを牽制/国連人権委で報告へ
TANSA 「公害PFOA」2023年08月04日
https://tansajp.org/investigativejournal/10148/
*2 東京へ、ジュネーブへ
7世代に思いをはせて第820号 2024年6月29日
https://nanasedai.blogspot.com/2024/06/820.html
「ビジネスと人権」作業部会の2023年調査報告書や、指導原則など、有益な情報が掲載されているサイト
■ビジネスと人権 ヒューライツ大阪
++ 付記 ++
2024年6月に人権理事会に提出された報告書より抜粋(筆者仮訳)
ビジネスと人権作業部会 報告書 パラグラフ62&63
https://docs.un.org/en/A/HRC/56/55/Add.1
62. 作業部会は、東京、大阪、沖縄、神奈川、愛知で、パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)に汚染された水に関する複数の事例を聴取した。これらの事例は、事業活動に関連していると報告されている。作業部会は、以前に複数の特別手続き権限保有者によって強調されたように、PFASと健康への悪影響との関連性を指摘している。
環境省は2023年1月、科学的根拠に基づく包括的なPFAS対策を議論し、わかりやすい情報を発信することで国民の安全と安心に貢献するための専門家グループを設置した。
専門家グループはその後、政府が河川や地下水を継続的に監視し、血中濃度調査を含む一般的なヒトへの曝露評価を大規模に実施し、最新の科学的根拠に基づいて現在のPFAS暫定目標値を見直すことなどを求めるガイダンスを発表した。
これを受けて、環境省は、PFAS が人間の健康に及ぼす悪影響に関する科学的知識を高める計画を含む、健康への悪影響を防止し、PFAS の適切な管理を確実にするための政策を策定しました。ただし、この政策には、汚染地域の住民の PFAS 血中濃度に関する大規模な調査は含まれない。現在までに、ワーキング グループは、PFAS に汚染された水源の近くに住む人々の健康調査を行う政府の取り組みは限られていると理解している。
これは、学術研究で東京西部の住民が 4 つの有害な PFAS 化学物質にさらされていることが明らかになっているにもかかわらずだ。
63. ワーキング グループは、東京都が地下水調査の実施、一部の取水井戸の停止、ホットラインの設置など、前向きな措置を講じていることに注目している。もう一つの前向きな取り組みは、東京の私立病院が PFAS 相談クリニックを設立したことだ。それにもかかわらず、汚染されたすべての地域で
PFAS 汚染とその健康への悪影響に対処するには、国レベルでの追加対策が必要だ。これらのケースの多くにおけるPFAS汚染は企業活動に関連しているとされていることから、作業部会は、指導原則と「汚染者負担」原則に基づき、この問題に対処する企業の責任を強調する。