2019/05/17

 

放射能汚染防止法の制定に向けて


飯舘村(2017年)
E氏撮影
2019年5月13日、超党派議員連盟「原発ゼロの会」が、福島県内外の除染作業で生じた放射性汚染土の処置についての「意見聴取会」を衆議院第一議員会館で開催しました。私は参加しませんでしたが、当日の動画はhttps://www.youtube.com/watch?v=dhT9H9iNqE4で見ることができ、また当日配られた資料も「原発ゼロの会」のサイトhttp://blog.livedoor.jp/gempatsu0/archives/16379213.htmlにリンクされていますので、それらを拝見し、改めて放射能汚染防止法の制定に向けた取り組みが必要であることを感じました。

簡単に「意見聴取会」をまとめると、まず環境省の従来通りの説明から始まり、放射性物質汚染対処特措法(特措法)に基づいて行われた除染作業で生じた福島県内の最大2,200万m3とも言われる「除去土壌=放射性汚染土」を、「中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」が故に、8,000Bq/kg以下の放射性汚染土を、覆土・遮蔽などの飛散防止対策を行った上で公共事業で再利用する方針とし、福島県外(岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川など)の放射性汚染土に関しては、放射性物質の濃度の上限を定めず、30cmの覆土を行った上で埋め立て処分を可能とする省令案・ガイドライン案を発言。それに対して、市民団体や環境NGOなどから12件の意見が表明されました。そのほとんどが、この環境省の案に対しての懸念でした(元原子力規制庁の田中俊一氏「放射性物質のリスクばかりを言うが、リスクがないものなどない。汚染土の再利用を拡散だというが、他に現実的な手段があるのか。」の旨の発言は除く)。
国際的放射線防御スタンダードから大幅に逸脱しているこれらの環境省令案への懸念については、当日意見表明されたFoE Japanさんのサイトが詳しいので、そちらをご覧ください。

■「8,000Bq/kg以下の除染土を公共事業で再利用」方針の矛盾と危険性(解説と資料を掲載しました)FoE Japan https://foejapan.wordpress.com/2016/05/02/8000bq_problem-3/

■福島県外の除染土埋立処分で環境省令案~濃度制限なし、地下水汚染防止策なし 
FoE Japan https://foejapan.wordpress.com/2019/03/18/0318/ 



さて、現在でも原発構内では100Bq/kg以上の放射性物質は低レベル放射性廃棄物として厳重保管にもかかわらず、なぜ福島県内の除染から発生した放射性汚染土は8,000Bq/kg以下ならば安易な再利用が許されたり、はたまた福島県外では放射性物質の濃度の上限を定めず、30cmの覆土を行っただけで埋め立て処分が可能になるのか?

それは、この意見聴取会でも何度も指摘されていた法律、2011年8月に制定された放射性物質汚染対処特措法(特措法)と、2013年に改訂された環境基本法の不備のせいであるようです。

その特措法の問題点を、山本行雄弁護士の「放射能汚染防止法整備運動ガイドブック2016年10月改訂版」を参考に見てみましょう。

汚染対処特措法(「平成 23 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」 2011 年 8 月 30 日成立)
附則 6 条 政府は、放射性物質により汚染された廃棄物、土壌等に関する規制の在り方その他の放射性物質に関する法制度の在り方について抜本的見直しを含めて検討を行い、その結果に基づき、法制の整備その他の所要の措置を講ずるものとする。

この汚染対処特措法は議員立法により成立したものですが、「法制度の在り方の検討」も「法制の整備その他の措置」も「政府」すなわち行政に丸投げしています。国の唯一の立法機関である国会の審議なしに、行政が検討し法整備をするという代物で、それゆえ環境省が「検討」し、原発構内ではあり得ないレベルの放射性汚染土を公共事業に再利用するという方針を出してくるわけです。

また、国会が立法府としての仕事を果たしていない法改正が、2013年の環境基本法改定です。山本氏によると
「福島第一原発事故後、放射性物質を公害・環境関係法から全面的に適用除外にしてきたことが問題として浮上しました。汚染対処特措法制定の際、法制度の「抜本的な見直し」をすることを決めました(同法附則 5 条)。その後、環境基本法、大気汚染防止法、水質汚濁防止法などの放射性物質適用除外規定は削除されました。しかし実質的な法整備は殆ど行われていないのが現実です。」(p.122)
「具体的な公害法の改正は、大気汚染防止法と水質汚濁防止法の常時監視と公表制度の改正にとどまり、環境基準も規制基準も定めていません。土壌汚染対策法を始め他の公害・環境法令は未整備のまま放置されています。」(p.130)


「言うまでもなく、国会は、国権の最高機関であり、唯一の立法機関である(憲法 41 条)。国会が、自ら立法機関としての役割を行政に丸投げしている現状は、違憲状態にあると言わなければならない。国会は、立法機関としての機能を回復しなければならない。我々は、国会が立法機関としての責任を放棄している現状を強く非難し、次の要望をする。
 記
① 環境基本法改正に伴う放射性物質に関する関連法の整備を行政府である政府に丸投げしている現在の方針を改め、国会が自ら行うこと。(中略)
⑤ 放射能汚染に関する公害防止の基本方針として、環境基本法に、放射能汚染物質の取扱・廃棄・処分については、希釈拡散をしてはならず、不拡散・集約管理を原則とする条項を設けること。
⑥ 環境基本法改正に伴い、土壌汚染その他の公害の規制に関する法律の放射性物質適用除外規定を削除すると共に、環境基準、規制基準を整備すること。
⑦ 放射能汚染の公害規制法の整備に当たっては、原子炉等規制法の基準設定如何に係わらず、公害法独自の制度として、人の健康と生活環境を保護法益とし、排出口における総量規制を定め、放射性物質の環境への放出に対し厳しい罰則をもって規制すること。 具体的環境基準、規制基準の設定については、たとえば、セシウム 137 については、環境基準、規制基準ともに「検出されない」とすること。
⑧ 放射性物質の適用除外規定が削除された大気汚染防止法及び水質汚濁防止法に関する環境基準と規制基準(排出基準及び排水基準)については、政令・省令事項である現行法を改め、国会が自ら立法をもって定めること。
⑨ 放射性物質に関する規制基準違反の罰則は、その被害の重大性に対応した重罰の特別規定を設けること。
⑩ 3.11 汚染対処特措法に代えて、環境基本法の特別地域指定に関する特別法として位置づけをした不拡散・集約管理の原則、環境基準や規制基準、事業者の除染義務などを内容とする公害規制法として整備すること。
⑪ 放射能土壌汚染については、既存の土壌汚染対策法、農用地土壌汚染防止法の放射性物質適用除外規定を削除すると共に、放射能土壌汚染に対しては、重い罰則をもって規制すること。漏洩企業の除染義務、賠償義務を定め、賠償については賠償保険の加入など賠償資力の保持を義務づけること。(後略)」(pp.204-205)
(事故由来の放射性物質に関連するもののみ抜粋)


私たち有権者にできることは、まずは上記のような環境基本法の法整備を求め、特措法を「放射能汚染防止法」に変えるよう国会に働きかけることでしょう。そのためには、選挙でこの法整備のために動いてくれる議員を選ぶこと、そして、地方自治体の議会に、法整備の意見書を採択するよう働きかけることです。すでに小樽市議会では採択され、札幌市議会では全会一致で採択されたとのことです。*1

全国の自治体議会から同様の意見書が出されれば、国会の争点にもなるでしょう。日本に住む私たち、そして未来の住人をも被ばくし続ける放射性物質は無造作に扱ってはなりません。必ず国会で審議させ、しっかりとした放射能汚染防止法を制定させなければならないと強く思います。

また、国会を動かすことが難しければ、各自治体が条例という形で、その拡散を止めることもできます。そのためにも、環境省の進める放射性汚染土の再利用や埋め立て政策を皆に知ってもらい、地方自治体議会議員に意見書採択を陳情し、国会議員に働きかけることから始めましょう。

現在の安易な放射性汚染土の処置案は、法整備の不備から生じているものならば、それを止められるのはやはり立法。私たちの力で放射能汚染防止法を制定しましょう。


*1「制定しよう 放射能汚染防止法」山本行雄著 
  ブイツーソリューション2016年刊 p.154

参考サイト
■山本行雄弁護士「放射能汚染防止法整備運動ガイドブック2016年10月改訂版」
https://www.yukio72.com/よりダウンロードできます。
意見書や陳情書の例文も掲載されています。

関連ブログ
Words for Peace
■放射性汚染土・廃棄物を拡散しないために
http://flowersandbombs.blogspot.com/2019/01/

放射性汚染土、廃棄物の問題を理解し、行動するために必読の2冊




2019/03/31

 

16年目の春

私の小さなチャリティ詩画集
『花と爆弾ーもう、戦争の暴力はやめようよ』を上梓して、
3月25日でまる15年となりました。

2001年から始まった対テロ戦争は、
アフガン、イラク、シリア、イエメン、
そして世界各地の都市へと拡大し、
このような戦禍が当然のような世界になってしまいましたが、

私自身は変わらずに、
平和を求めて微力ながらも動き続けられていることは、
とても貴重なことだとかみしめる16年目の春です。

あなたがすることのほとんどは無意味であるが、
それでもしなくてはならない。
そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、
世界によって自分が変えられないようにするためである。
マハトマ・ガンジー



「花と爆弾」オフィシャルサイト
小橋かおる・メールマガジン
7世代に思いをはせて」 にもお立ち寄りください。

2019/03/18

 

小さな灯でも・・・

東日本大震災と福島第一原発事故からまる8年となる3月。微力ながらできることを一生懸命にさせてもらいました。facebookの投稿をまとめる形で報告させていただきます。
                  
武藤類子さん講演会

3月3日
今日は武藤類子さん(福島県三春町在住・東電刑事訴訟告訴団団長)の講演会でした。私は主催で司会担当だったのですが、実は突然決まった講演会だったので広報の時間もあまりなくて、ちょっと心配していたのですが、たくさんの方が来てくださって、とても充実した会になりました。

武藤さんは福島第一原発事故の東電刑事訴訟告訴団団長として、これまでの刑事訴訟の裁判でのやりとりをお話しくださいましたが、呆れるのは、被告となった東電の元会長らの「無責任さ」。勝俣会長に至っては、「原発の安全性の責任は一義的には現場にある」と言って責任のがれ。それなら会長などネコにしてもらったほうがよっぽどマシと、つぶやいてしまいました。

また、福島原発事故はヒトゴトではないというのが私たちさよなら原発神戸アクションの思いですが、今日は会場に若狭湾の原発を止めるために献身的に活動をしてくださっている中嶌哲演さんが来てくださっていたので、スピーチをお願いしました。
「武藤さんが説明してくれた東電幹部の住民をバカにした態度は、そのまま関電の幹部にも当てはまる。」とお話しくださって、まさしくヒトゴトではなく、私たちの問題だということを語ってくださいました。

会場には、原賠訴訟関西訴訟の原告の皆さんもお越し下さっていたのでお話しいただきました。福島から避難した方たち、また福島に残って闘っていらっしゃる武藤さんたち、どちらもかわらず被曝しない権利があるとの認識を改めて共有できたことは素晴らしいことだと思います。

被曝しない権利・・・これは若狭湾に多くの原発を抱える関西の私たち、また8000ベクレル/kg未満の放射性物質をばらまこうとする政府を持つ私たち日本国民全員に関わる問題だと思います。

とても複雑な刑事訴訟、そしてつらい福島の現状を語ってくださった武藤さん、また会場にお越し下さった皆さまに、心から感謝いたします。


3月11日
311神戸からの祈り@神戸マルイ前。
毎年キャンドルを灯して、東日本大震災で犠牲になられた方々への追悼と、今なお苦しんでいらっしゃる方々を思う祈りの場。今年も司会をさせていただき、最後に「このキャンドルの灯が消えた後は、私たちひとりひとりが小さな灯となって、皆が支え合って、幸せに生きられる社会にするために動きましょう。」とキャンドルの火を消しました。

ヤマトーさんの歌と美穂さんの手話歌や望月さんの詩の朗読、原発避難者の方たちの賠償訴訟を応援するポカポカサポートチームのお話も。また上園さんたち若者グループが福島の若者たちとのスカイプをセッティングしてくれて、たまたまマルイ前に遊びに来ていた高校生の女の子に、「福島とスカイプが繫がっているから、質問してみて」と声をかけると、マイクを持って「311の時は受験シーズンだったと思いますが、たいへんでしたか?」と若者しか思いつかない質問をしてくれて、新鮮でした。

京都訴訟事務局の田辺弁護士

3月13日
今日は原発賠償京都訴訟の控訴審@大阪高裁を傍聴に行きました。今日は2回目の期日で、国と東電が津波の予見可能性を否定しているので、「予見できたでしょ!」ということを弁護士さんが裁判官に説明されていました。国が行った平成14年の地震の長期評価で福島沖でM8クラスの地震が起きることは予測されていたのに、まだ彼らは「わからなかった~~」ってどこの裁判でも繰り返している。往生際が悪いです。

午後から報告集会へ。ここでは京都訴訟の事務局を担当されている田辺弁護士が「どれほど正しいことを言っても、傍聴席が支援者であふれていないと、裁判官は国や大企業の顔色をうかがって、原告に冷たい判決を書くことがよくある。だから、皆さんの支援がとても大切です。」とおっしゃったのが印象に残りました。今回も傍聴席は満員で、報告集会も満員でした。

京都訴訟の次の期日(裁判)は6月13日(木)14:30~。私も傍聴に行く予定です。

ところで、3月8日は原賠訴訟ひょうごの膨張にも行きました。次回の原賠訴訟ひょうご@神戸地裁の期日は5月16日(木)14:00~です。こちらも傍聴に行く予定にしています。
皆さまも、ご都合よろしければ、ぜひご参加ください。


マルイ前でのアピール
3月15日
350回目の関電神戸支店前脱原発アピール行動に参加してきました。しっかり、環境省の進める8000ベクレル/kg未満の放射性汚染土の拡散政策の危険性を訴えてきました。そして、それがなぜそれほど危険なのか。。。それは、その汚染土の中に、水に溶けないセシウム(セシウム・ボール)が含まれていることが考えられ、それを吸い込むといつまでも肺にとどまって、猛烈な放射線を発してDNAを傷つけ、癌化させるから・・・とこのあたりは6月2日に内部被ばくの最新の研究を追跡されている郷地秀夫医師の講演会に来て、話を聞いてくださいと、広報いたしました。

チラシはまだできていませんが、6月2日午後に神戸で開催!☆ここまでわかった内部ひばく~セシウム・ボールのゆくえ~ またまた私が司会予定です。ぜひ、スケジュールを空けておいてください。

追記:
日々の出来事をfacebookの投稿していますので、よろしければ、こちらもご覧下さい。
  ↓
小橋かおるfacebook・https://www.facebook.com/kaoru.kohashi

小さな灯でも活動を続けます。


2019/01/06

 

放射性汚染土・廃棄物を拡散しないために


2019年の幕開けです。今年は春に統一地方選挙、夏に参議院選挙が予定されているので、ひとりでも多く私たちの暮らしを守るために働いてくれる議員を誕生させたいと思っています。そして、その議員たちと一緒に力を尽くしたいと私が願っているのは、放射性汚染土・廃棄物の拡散防止です。

これまでも拙メールマガジン「7世代に思いをはせて」や当ブログでも時々触れてきた8000ベクレル/kg以下の放射性汚染土の再利用問題(本来ならば100ベクレル/kg以上のものは低レベル放射性物質として厳重保管)ですが、お正月休みに毎日新聞記者の日野行介著『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』を読み、いろいろと考えることがあったので、一度私なりに考えをまとめてみることにしました。(放射性汚染土再利用計画の詳細は後記リンク一覧をご覧下さい。)


放射性汚染土が詰められた
フレコンバッグの山
飯舘村(2017年1月)友人のE氏撮影
再利用は必要か?

福島県内の除染に伴い発生した土壌や廃棄物等は、2200万立方メートル(東京ドーム14杯分)と推計されており、環境省の計画では、東京電力福島第一原子力発電所を取り囲む形で大熊町・双葉町に整備する中間貯蔵施設で、最終処分までの間、安全に集中的に貯蔵することになっています。

ところが、その運搬に膨大なトラックが必要で目処がたたないとか、中間貯蔵施設のための十分な土地が確保できずにいるとのことで、少しでも容量を減らそうとして、8000ベクレル/kg以下の汚染土を公共事業や農地造成に再利用しようという計画が持ち上がり、現在、環境省は汚染土の上に汚染されていない土をかぶせるなどして放射線量を計測するというような「実証実験」を実施しています。

しかし、ほんとうにこの2200万立方メートル(東京ドーム14杯分)は、管理不可能な容量でしょうか?

たとえ公共事業に使ったとしても、環境省の推計では、例えば5000ベクレルが100ベクレルまで減衰するのには170年がかかるそうです。そして、土木建造物の耐用年数が70年とされていますので、その状態で保持しようと思うと70年ごとに土木工事をしなくてはなりません。

それならば、日本のいたるところで汚染土を公共事業に再利用し、70年ごとに2度、3度と土木工事をするよりも、中間貯蔵施設を70年に一度建て替える計画で一括管理した方が、よほど効率的ではないでしょうか?


2200万立方メートルの土とは?

この2200万立方メートルの土とはどのぐらいの量かを把握するためにちょっと調べてみましたら、あの辺野古米軍基地の建設に必要な埋め立て用土砂が2100万立方メートルで、ほぼ同じ量でした。あれだけの土砂を沖縄県内だけでなく瀬戸内海の島々からも運び込むことを考えると、福島県内での同等量の土砂の移動がそれほど不可能なこととは思えません。

また、辺野古の米軍基地の面積は160haです。環境省が予定している中間貯蔵施設の総面積は1600ha。辺野古の160haの10倍です。1600haの内330haが公有地ということですから、そこに汚染土を貯蔵する建造物を造ることは可能ではないでしょうか?ちなみに2200万立方メートルは東京ドーム14杯分ですから、東京ドームを14個造るとすると(東京ドームの敷地面積4.7ha×14)65.8haです。


集中管理の可能性

そしてその貯蔵用建造物を330haの敷地内で70年ごとに建て替えるのです。何を悠長なことをと思われるかもしれませんが、20年ごとに立て替える伊勢神宮にならって、70年ごとに貯蔵用建造物を建て替える法律を作ったらどうでしょうか?20年ごとの遷宮を1300年間行ってきた日本ならば、まったく可能なことではないでしょうか?


福島県内だけではなく、関東一円で保管されている放射性汚染土。現在は、各自治体が保管しているようですが、これも8000ベクレル/kg以下ならば普通ゴミとして処分できるようになっています。しかし、それに従って処分した自治体はほとんどないようです。各自治体も覚悟を決めて、一括集中で厳重保管の方針を採った方が、住民も安心して暮らせるのではないでしょうか?

経済的に可能か?という問いもあるでしょうが、土木工事に再利用した場合でも70年ごとの被曝防御をしながらの土木工事には膨大な予算が必要でしょうし、また新型の高速増殖炉などにかける予算よりももっと有意義な税金の使い方だと思います(本来、東京電力に請求するべきですが)。


放射能汚染防止法の必要性

8000ベクレル/kgはれっきとした放射性廃棄物です(繰り返しますが、今でも原発敷地内では100ベクレル/kg以上は低レベル放射性廃棄物として厳重管理です)。それを一般ゴミだと「ごまかして」焼却したり、全国の公共事業で再利用などして拡散してはなりません。

2012年に放射性物質適用除外規定の環境基本法13条が削除され、放射性物質も他の有害物質と同様に法律上公害原因物質に位置づけられました。公害と認定されたからには、これまで「希釈すればいくらでも排出可」という状態ではなく、総量規制が可能です。まだそのベクレル量、放射線量の規制値が決まっておらず、すなわち罰則も決まっていませんが、法整備をしていくことが必要ですし、また県や市の条例で決めていくことも可能です。

国レベルで、法律を整備すること、また福島県の中間貯蔵施設の基本的な計画の見直しを追求していくことと同時に、自分たちの住む自治体で、「放射性物質は公害で、受け入れられない」という条例をつくっていくこと・・・日本の未来を守るために、私はひとりの国民としてしっかりと取り組んでいきたいと思っています。



* 参考サイト一覧 *
『除染と国家』を読もう!と思わせてくれたインタビュー記事。「ウソ」で日本中被ばくさせられるのはまっぴらと思い、しっかり読んで、いろいろ自分なりに考えさせてもらいました。
      ↓
■「原発は正しい」というフィクションを守るために官僚はウソをつく
『除染と国家』著者・日野行介インタビュー【後編】社会
週刊プレNEWS 2018年12月15日
https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2018/12/15/107764/


-放射能汚染防止法について包括的な資料です。-
■山本行雄弁護士講演資料
集会「放射能汚染防止法」制定に向けて
2017年3月27日@参議院第二議員会館
http://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/170327_1.pdf


-環境省のサイトより-
1■中間貯蔵施設の概要
http://josen.env.go.jp/chukanchozou/about/

2「中間貯蔵開始後30年以内の県外での最終処分に向けて、再生資材化した除去土壌の安全な利用を段階的に進めるため」の解説資料
■「除去土壌再生利用実証事業について・資料3」
http://josen.env.go.jp/chukanchozou/facility/effort/investigative_commission/pdf/proceedings_180329_03.pdf


-辺野古米軍基地に関して-
■辺野古新基地建設事業に関するファクトシート
http://www.foejapan.org/aid/henoko/pdf/background.pdf

■沖縄辺野古移設の埋め立て用土砂の調達候補地とされる鹿児島県奄美大島で「岩ズリ」搬出がはじまる 8 bit news 2016/01/30
http://8bitnews.org/?p=7224


-放射性汚染土の拡散問題について-
拙ブログ、メルマガよりふたつ
1■Words for Peace:
東京電力福島第一原発事故より6年後 ~被ばくの強要~
http://flowersandbombs.blogspot.com/2017/03/

2■「7世代に思いをはせて」
【第504号】大切なことは・・・
http://archives.mag2.com/0000273399/20180609100000000.html

この問題がとてもわかりやすくまとめられている記事↓
■環境省「原発の汚染土、行き場がないからもう農地の造成にも再利用しちゃえ!」
BUZZAP 2018年6月4日
https://buzzap.jp/news/20180604-nuke-waste-recyle-agriculture/


-放射性廃棄物についての環境省の考え方-
■放射能濃度が8,000Bq/kg 以下の廃棄物の処理について 環境省
http://shiteihaiki.env.go.jp/initiatives_other/conference/pdf/conference_09_04.pdf
「放射能濃度が8,000Bq/kg以下の廃棄物について、独自に設定した一定濃度以上の廃棄物又は特定一般廃棄物若しくは特定産業廃棄物を区域内に搬入することを制限したり、廃棄物処理業者に対して取扱いの禁止を指導するようなことは、科学的・法的にも根拠のないものである。」同サイト5ページより抜粋


-日本的な保管方法を思いつかせてくれた伊勢神宮のサイト-
■式年遷宮の歴史
http://www.isejingu.or.jp/sengu/senguhistory.html


追記(2019年3月18日)
福島県外の特に関東、東北の皆さま、汚染土のゆくえに厳重注意です。 →「環境省は、福島県外の除染土の埋立処分をすすめるため、放射性物質の濃度によって上限を設けることなく、埋立処分できるとした環境省令およびガイドラインの記載案を発表しました。」
詳細は

■福島県外の除染土埋立処分で環境省令案~濃度制限なし、地下水汚染防止策なし FoEJapan

 https://foejapan.wordpress.com/2019/03/18/0318/





2018/12/28

 

核に縛られる日本、そしてアメリカ ~マンハッタン・プロジェクトからフクシマ、トモダチ作戦まで~


                                                   
2018年12月9日、私も共同世話人を務める「さよなら原発神戸アクション」主催で、講師に田井中雅人さん(朝日新聞記者)をお迎えし、「核に縛られる日本、そしてアメリカ~マンハッタン・プロジェクトからフクシマ、トモダチ作戦まで~」が開催されました。

寒い日にもかかわらず、多くの方がご参加くださり、核のこれまでとこれからについて、しっかりと考えさせられる会になったと思います。簡単ではありますが、私が大切だと思った点を中心にまとめさせてもらいます。


「歴史は勝者によってつくられる」
 原爆を開発し、実際に都市を原爆で破壊した米国は、戦争の勝者。勝者にとって都合の良い「歴史」が流布するのは自明でしょう。そのような勝者にとって心地良い言説とは・・・
1 原爆は100万人の米兵の命を救った
2 原爆は戦争を終わらせた
3 広島の被爆者は米国に謝罪を求めていない

1と2は戦後米国でずっと語られてきた物語ですが、3はオバマ大統領の広島訪問によって追加された物語です。

では、「勝者が語らない事実」とは?

1 原爆のきのこ雲の下で起きたこと
2 原爆ではなく、ソ連参戦が戦争を終わらせたこと
3 被爆者すべてが謝罪を求めていないわけではないこと
(あの訪問で「広島はオバマ大統領の引退の貸座敷」だったと元広島市長の平岡さん)


しかし、原爆について「勝者」が語らないのは、「敵国」の日本に対するものだけではありません。アメリカ国内でも多くの被ばく者が存在しますが、それは語られてきませんでした。
ハンフォード
米国ワシントン州のハンフォードでは、長崎原爆7000発分のプルトニウムを製造した工場があり、周囲を放射能でひどく汚染し、地域住民を被ばくさせた。しかし、その被ばく量は「問題ない」とされ、その放射性廃棄物もずさんな管理しかされていないなか、地域は国立公園とされた。これを「緑の隠蔽」と呼ぶ人もいる。

トモダチ作戦
2011年3月の福島第一原発事故当時、太平洋上の近海に展開していた空母ロナルド・レーガン号の乗組員たちは、「トモダチ作戦」という東北被災地支援に従事し、結果的に被ばくさせられ、すでに死者もでている。しかし、その被ばく量は米軍・政府により「問題ないレベル」とされている。


「勝者の歴史」を覆されないために「勝者」が行っていること

核産業の広報戦略4段階
1 自然化 (放射能は日頃から周囲にあるもので、怖くない)

2 対抗研究 (被ばくが危険であるという研究が出てきたら、「御用学者」に対抗する研究をさせて発表する)

3 自己責任 (体調が悪いのは被ばくではなく、酒やタバコなどの生活習慣のせいだと被ばく者の責任にする)

4 結論引き延ばし (被ばくの影響が明らかになってきたら、国が「調査します」とし、その調査が終わるまでは「被ばくの影響はわからない」として結論を引き延ばしにする)


そして、これまで「これぐらいの被ばくでは問題ない」と「被ばくの黄金律」のように使われてきたのが、広島・長崎の被爆者たちを対象にした調査結果。「あなたは広島や長崎で爆風にされされた人たちより被ばくしたはずがない、だから大丈夫」という言説です。

しかし、その調査自体が米軍により軍事機密として行われたもの・・・「勝者がつくる歴史」の一部でしょう。詳しくは、『放射線被曝の歴史』(中川保雄著)をご覧ください。


さて、このように「敵国」だけでなく、自国民や兵士たちも被ばくさせ、「問題ない」と繰り返し「勝者」が進める核事業。これは核兵器が巨大な富と雇用を生み出す「無限機構」であるからです。

核産業の「広報戦略4段階」が世界中に使用されていることを目の当たりにするとき、日本や米国の被ばく者、市民だけでこの核の呪縛から逃れることは難しいと思われます。

しかし、その呪縛を解くひとつの大きな転機がやってきました。
それは、核兵器禁止条約です。核兵器が「悪」として使用が不可能になってしまえば、原発産業も衰退するでしょう。


世界が連帯して、核兵器、原子力発電にNO!を突きつけること・・・それを可能にしてくれるのが「核兵器禁止条約」です。


以上、講演の内容をざっとご紹介しましたが、詳しくは田井中雅人さんのご著書『核に縛られる日本』『漂流するトモダチ』をご覧ください。
                                                         


講演会の後は、活発な質疑応答、そして関西に避難されてきている原発賠償訴訟の原告、サポーターからのアピールもありました。

原発事故はひとごとではありません。神戸から90キロしか離れていない若狭湾の高浜原発は再稼働されています。もしも事故があれば北風に乗れば2時間で放射性物質が神戸にもやってきます。今、政府は「年間20ミリシーベルトまでの被ばくなら問題ない」と福島第一原発事故で汚染された地域にも住民を帰還させようとしていますが、もしもこれを許してしまうと、若狭湾の原発、もしくは神戸よりも西で稼働する伊方原発、川内原発、玄海原発で事故が起きた時に、同じように私たちにも被ばくを強要するでしょう。

核産業の広報戦略をしっかり見定め、私たちは私たちの命と暮らしを守るために行動しなくてはと、しっかりと認識させてもらった講演会でした。
講演内容をまとめた最後のスライド


追記:上記でご紹介した『放射線被曝の歴史』(中川保雄著)と『核に縛られる日本』(田井中雅人著)を読ませてもらって書いた当ブログの記事がありますので、リンクさせていただきます。

ブログ:Words for Peace
・2012/02/06『放射線被曝の歴史』
http://flowersandbombs.blogspot.com/2012/02/
・『放射線被曝の歴史』を読んで:ICRPの精神とは?
http://flowersandbombs.blogspot.jp/2012_03_01_archive.html
・繰り返される過小評価:放射線被曝の危険性~広島・長崎~チェルノブイリ~福島
http://flowersandbombs.blogspot.jp/2012_07_01_archive.html

『核に縛られる日本』関連記事 
・彼らにとって心地よい物語
・8月5日に思うこと
https://flowersandbombs.blogspot.com/2018/08/





2018/09/11

 

9月11日に・・・

今日は9月11日です。2001年9月11日のアメリカのいわゆる同時多発テロ事件と、10月8日のアフガニスタン空爆から続く対テロ戦争がなければ、私がこのようにブログをつづり、何かを発信するということはなかったと思います。

「花と爆弾」を読む
アフガニスタンの少年
それまではただの海外ニュースオタクな大学英語教員で、とっても狭い研究分野に没頭していれば、ある意味満足していたわけですが、何の罪もないアフガニスタンの子どもたちが戦争によって、手足を失い、家族を失い、命を失っていく・・・それも、対テロ戦争という世界中の喝采の中・・・それに耐えきれなくなって、微力ながら、2004年3月に「花と爆弾」というチャリティ・バイリンガル詩画集を世に問うたことから、人生が大きく変わりました。

「無駄なことを・・・」と言われることもありました。確かに、今もなおアフガニスタンの治安は悪く、援助もままならない状態となっています。「無駄なこと」なのでしょうが、おかしなことはおかしいと行動したことは、私にとってはほんとうに貴重なことだったと実感しています。

実を言うと、この活動を始めるまで、私は人間不信で、世の中は損得で動く人ばかりだと思っていました。でも、詩画集を出したとたん、見ず知らずの多くの人が共感してくれて、一緒に動いてくれました。世の中には損得ではなく、他人のため、平和のため、愛で動く人がこんなにたくさんいるんだということを、私に教えてくれました。

あの日から17年。哀しい別れもたくさんありましたが、かけがえのない出会いもたくさんありました。この出会いは、アフガニスタン、イラク、シリア・・・戦争で散っていったあの子どもたちが、私に授けてくれたものだと思っています。

私の夢は、「平和になったアフガニスタンを一観光客として旅行すること」
その日が訪れることをこの17年間ずっと切望し続けています。



写真は、「英語の教科書に」とアフガニスタンの孤児院に「花と爆弾」を配ってくれた、宝塚・アフガニスタン友好協会の西垣敬子さんが2004年に撮ってくれた一枚と、西垣さんのお気に入りのアフガニスタンの少女の写真です。

宝塚・アフガニスタン友好協会のサイトを飾っていた写真

「花と爆弾-もう、戦争の暴力はやめようよ-



2018/08/15

 

彼らに心地よい物語

8月15日は「終戦の日」ということになっています。1945年の8月15日から73年となる今日、原爆と戦争の終結について考えてみたいと思います。

いわゆる太平洋戦争の終結は、「広島、長崎への2発の原爆がもたらした」との見方が日米双方によって語られてきた感がありますが、どうなのでしょう?
あの8月を迎える以前に、日本全国の大空襲で首都東京はもちろんのこと、200以上の地方都市が壊滅・・・このような状態の国に、原爆など必要だったのか?との声も近年挙がっていますが、「原爆が戦争終結を早めた」との考えは、まだまだ支配的でしょう。
それはなぜなのか?アメリカの核問題研究者のウォード・ウィルソン氏の説明を、田井中雅人著『核に縛られる日本』より引用します。*1


「原爆は日米双方に心地よい物語だった。考えとは、それが事実であれば持続する。また、残念ながら、それが真実でなくても、心地よいものであれば持続する。」

 ウィルソン氏は、当時の天皇周辺の立場に立って考えている。国を悲惨な戦争に導き、経済は破綻。都市の8割は米軍の戦略爆撃で焼かれた。日本軍は非難され、次々と敗北を喫した。食糧不足に陥りつつある。戦争は大惨事であり、さらに悪いことには、事態がどれほど悪いかについて国民に嘘をついてきた。降伏の知らせに国民はショックを受けるだろう。大失敗を認めるのか。それとも、誰もが予測しなかった敵の素晴らしい科学的成果による損害を非難するのか。敗戦を原爆のせいにして、すべての失敗や判断の誤りを隠してしまえば、責任の負担や軍人への追求も不要だ。(pp.106-107)


米国においては、8月9日のソ連の参戦ではなく2発の原爆が戦争を終わらせたことにしてこそ、国民にも秘密の内に20億ドルを費やしたマンハッタン計画が無駄ではなかったと主張できる、という日米双方にとっての心地よい物語。

また、同書の中で、政治学者の白井聡著『永続敗戦論』の次のような言葉が引用されています。

「核攻撃は、戦況の加速度的悪化を背景に押しとどめがたい革新の動きが天皇制国家の支配層を包囲しつつあることが明白になってくるなかで、国体が逆転勝利を収めうる契機としてとらえられたのである。その意味で、日米の共犯関係を基礎とする戦後の国体は、広島・長崎においてすでに起動していた。」(同書:p.108)


日米支配層にとって、原爆戦争終結神話はお互いの保身のために役立った。それは特に、国土を焦土と化したという惨状の責任を負わされるはずだった軍部、そして革新勢力を恐れていた天皇、財界にとって、奇跡的好都合だったのかもしれません。


本来なら国民に非難され、失敗の責任をとるはずの支配者たちが、戦後アメリカの庇護のもと、相変わらず日本を支配していることは、今も残る天皇制のみならず、戦争責任者たちの孫やひ孫が権力を握る政界、戦前と変わらぬ財閥が軍需産業を握り支配する財界を見れば明らかでしょう。


日本中を焼夷弾で焼き尽くし、実験としか思えない核爆弾投下により一瞬にして何十万人という国民を殺した米国と、保身のためにあっさりと手を組んで、今も日本を支配する権力者たち。彼らが忠誠を誓うのは、日本国民か米国か?


彼らにとっての「心地よい物語」を私たちが受け入れている限り、私たちは焼夷弾で逃げまどい、核の熱線によって焼かれた人々と同じ立場にいるのではないでしょうか?
それは「日米安保」という神話のもとアメリカの戦争に巻き込まれることかもしれないし、「原子力は安全です」という神話によって、「これぐらいの被ばくは大丈夫です」と放射線が飛び交う国土に住まわされることかもしれません。*2


焼夷弾で焼かれること、放射線をばらまかれて被ばくすること・・・そして、誰も責任はとらない・・・。今と戦中とどんな違いがあるのでしょう?


「物語に長けたものが世界を制する」とホピ族の格言にあります。
私たちは「彼らの物語」ではなく、キノコ雲の下の、焼夷弾の火の海の、そして放射線に晒される私たちひとりひとりの物語を根気強く紡いでいかなくてはならないと思います。
「彼らにとって心地よい物語」に殺されないために。



*1 『核に縛られる日本』田井中雅人著 角川新書 2017年刊

*2 当ブログ:Words for Peace 8月5日思うこと
http://flowersandbombs.blogspot.com/2018/08/



追記:
先日、東京大空襲に関する記者座談会の記事を読みました。そこでは、あの大空襲で焼かれなかった所が考察されていました。
あの大空襲で下町が焼かれて一晩にして10万人が殺されたことは知っていましたが、どこが焼かれなかったか?とは考えたことがなかったと思い、ちょっと調べてみました。記事に書いてあったとおり、皇居や丸の内は焼かれておらず、東京の地理はあまり詳しくないのですが、旧日本軍の施設のあたりも焼かれなかったようです。

「ハーグ陸戦条約・第25条:防守されていない都市、集落、住宅または建物は、いかなる手段によってもこれを攻撃または砲撃することはできない。」は、軍事施設以外の住宅などへの攻撃は禁止していますが、下町は焼いて、軍の施設はターゲットから外していたとなると・・・その裏にどんな思惑が米軍にあったのか?

その理由を下記の座談会は探っていますが、私はまだそれが当たっているのかどうなのかは判断しかねています。
  ↓
■記者座談会 語れなかった東京大空襲の真実-首都圏制圧のための大虐殺 130回で25万人殺傷
長周新聞2015年10月2日
https://www.chosyu-journal.jp/heiwa/1134

実際どこが焼かれなかったのかは、こちらの資料が参考になると思います。
 ↓
「戦争証言アーカイブス」古地図で見る東京大空襲
https://www.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/special/tokyodaikushu/

夏の庭



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