2021/10/01

 

2001年10月以降の日記

 この20年間の「対テロ戦争」の始まりを、当時の日記をもとに綴っています。


2001年10月1日の日記

David Bowieのライブを観てたら、"I'm afraid of Americans"とBowieが歌ってた。


"I'm afraid of Americans

I'm afraid of the world

I'm afraid I can't help it"

(アメリカが怖い、世界が怖い、どうしようもないよ)


その通りだ。私もアメリカを恐れている。あのアメリカ先住民を始めとして、残虐の限りを尽くしても、自らを正義として疑わず、突き進むアメリカを。

うすうすは気がついていたけど、この歌ではっきりわかった。


2021年から振り返って

リンクは、2000年のライブの様子。ソ連崩壊後の90年代から世界の唯一の超大国となったアメリカに、多くの人が漠然とした不安を感じていたことを、Bowieがいち早く察していたことがわかります。

■David Bowie - I'm Afraid of Americans (Live, Glastonbury, 2000)

https://www.youtube.com/watch?v=3rJDVy3iVCY


2001年10月4日の日記

新たなるテロの発生か?今日、イスラエル発シベリア行きのロシアの旅客機が爆破墜落して、100人近くのイスラエル人が死亡した。もう、6時間も前に発生したのに、まだ犯行声明も何もでていないから、テロだとしたら、アメリカのテロと同じ系列だよね。同一のテロリストの犯行だとしたら、アメリカとイスラエルへのものすごく深い憎悪を感じる。それとも、これがアラブ系テロリストの共通の憎悪であって、いろいろなテロリストが起こしても、同じような図式が浮かび上がってくるのかもしれないけど。


2021年から振り返って:

事故から2日後、ロシア政府がウクライナ軍の軍事演習が原因であることを示唆し、2001年10月12日には、「シベリア航空機は地対空ミサイルに撃墜された」と発表があったことが、wikipediaなどから現在は確認できるけれども、爆破墜落事故が起きた当初は、いろいろな憶測があり、中東での長年のイスラエル対アラブの紛争の激化、アメリカの出方を巡って、世界中の人が、この日記のように固唾をのんでいたと記憶しています。


2001年10月8日の日記

私の予想に反して、米英のアフガンへの攻撃が、もう始まってしまった。

しかし、どうなってしまうのか。一般市民を誰も傷つけないように、それだけを望むわ。もしも危害を加えるようなことになったら、本当に米英 対 イスラムの世界的戦争になるよ・・・。

そうそう、世界中の注目のまと、ビンラディン(氏)がビデオで声明をだしていたけど、アメリカへの宣戦布告で、「パレスチナに平和が訪れないかぎり、アメリカは安全を感じられない」って言ってた。それって、やっぱり9月11日のテロの首謀者は自分だって言ってるんだよね?これで誰も「(犯人である)証拠を出せ」とか言わなくなるんじゃない?彼が起こしたテロだったから、タリバンや多くのイスラム教徒も彼を擁護しないんじゃない?それとも、もうアメリカがアフガン攻撃をしてしまったから、手遅れ?タリバンやイスラム教徒にとってみたら、空爆もテロも同じだものね。このタイミングを待っていたのかな?

今日も、というか、さっきイタリアでまた旅客機が炎上した。114人ぐらいが死亡したって。滑走路に入ってきたセスナのせいらしい。当局は否定してるけど、テロじゃないの?


2021年から振り返って:

このイタリアでの旅客機炎上は、事故であったことが下記のリンクで説明されていますが、当時は次々と起きる旅客機事故が、世界をますます不安にさせていきました。

■濃霧のため空港で旅客機とセスナ機が激突http://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000292.html



2001年10月17日の日記
アメリカ・メジャーリーグのプレーオフでは、イチローは絶好調!インディアンズ戦では、なんと12安打の6割!

しかし、スタジアムからちょっと目をそらすと、アメリカはもうたいへんなことになっている。炭疽菌というバイオテロの標的になっていて、発症者は4人で、感染者は20人を超える。今日だけでも新たに20人発覚している。ヨーロッパでも被害はでているみたいだし、日本も大丈夫かなぁ。

アフガニスタンでは、空爆で一般市民の死亡が続いている。アフガンの人たちにしてみたら、アメリカは悪魔みたいに見えるんじゃないかな?そうだよね。


2021年から振り返って:
炭疽菌って?と思う方は、wikipediaで「アメリカ炭疽菌事件」をご覧ください。謎の多いバイオテロで、この恐怖が「対テロ戦争」に拍車をかけていったことがわかります。

また、日記の「ヨーロッパでの被害」は具体的には今からでは裏付けがないのですが、日本でも不安が広がっていたことが、当時の厚生労働省の文書からもわかります。
■生物兵器テロの可能性が高い感染症について 平成13年10月15日 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1015-4.html


2001年10月24日の日記

昨日でとうとうイチローの2001年は終わってしまった。リーグ優勝決定戦は、4-1でヤンキーズの勝ち。ワールドシリーズ出場はまた来シーズンのお楽しみに、というところかな。ワールドシリーズと言えば、テロの標的にされかねないな・・・。今、アメリカで噂されているのはハロウィンが危ないんじゃないかっていうことだけど(アメリカの友人情報だけど)。

今日は、炭疽菌がホワイトハウスを標的にしていたことが報道されていた。郵便局員も二人死亡したし・・・。一方、アフガニスタンのカンダハール近くの村では、ミサイル攻撃で、死者が92人とのこと。しかし、こんなアメリカの攻撃は許せない。どうして罪もない子どもまでもが殺されなければならないの?国家によるテロとしか言えないでしょう?NYの市民が殺されるのが許せないのなら、カンダハールの村人も同じでしょう?国家がやることじゃないよ。正気の沙汰とは思えない。



2001年10月30日の日記

炭疽菌の恐怖はとどまることを知らず・・・って感じ。今日もまた新たな感染者が見つかった。アメリカ在住の友人の話では、天然痘テロが起きるのではと噂されているらしいけど、いつまでこの混乱が続くのか・・・。

それにしても、今日もアフガンでは誤爆で殺される人々がいるのかと思うとつらい。早くビンラディンを見つけてよ。そうすれば空爆なんてしなくていいでしょ。はっきり言って、アメリカは卑怯だよ。アフガンの人々は殺しても、自国の兵士は殺したくない・・・政権支持率が下がるからね。ほんとうに卑劣。


2001年11月12日の日記

またNYで旅客機が墜落した。あちらでは月曜日の朝9時頃らしい。クイーンズ地区という住宅地への墜落で、まだテロか事故かわからないんだって。しかし、9月11日からもう何機が墜落した?イスラエル人の乗った旅客機、ミラノの飛行機、そして、またNY。あれだけ旅客機の警戒をしているのにこんなことになるなんて。

やっぱり当分、アメリカには行けないな。飛行機に乗りたくない。


2001年11月27日の日記

今日もまたブッシュ大統領が愚かなことを言いだした。大量破壊兵器視察受け入れという勧告というバカの一つ覚えのような理由をかざして、イラクに言いがかりをつけている。テロリストとの戦いと言いながら、いったい何がしたいの?地球規模のベトナム戦争でもするつもり?戦争を引き起こすアメリカは、最大の人権蹂躙国家だ。


2001年12月5日の日記

タリバンは崩壊寸前のようだけど、アメリカの空爆は続く。昨日のニュースでは、この3日間で100人以上の市民が空爆の巻き添えになって死亡した。3つの村が完全に破壊されたとも・・・。本当にどうするつもりなの?罪もない人を殺して・・・。


2001年12月24日の日記

今、アメリカはクリスマス・イブの午前中。一昨日、旅客機自爆テロ未遂事件があったけど、今のところは何も起きていないみたい。それにしても、靴の底にプラスチック爆弾を仕掛けるとはね。その手法は以前読んだテロに関する記事にも書いてあったけど、その中にはアタッシュケース型核爆弾も言及されていて・・・なんだか現実味を帯びてきたような。。。

 アメリカは今回のテロの原因を考えようとはせずに、テロリストを悪魔だと決めつけていいるけど、相手が人間だってことを忘れないでほしい。それなりの環境や理由がなければ、自分の命をかけてくることはないでしょう。自分に少しでも害を与えるものを悪魔だと思って皆殺しにしていくのは、インディアンにしてきたことと全く同じ。また同じことを繰り返すつもりなのか?



2002年1月16日の日記

平和と反戦のメッセージを人に伝えるのが、どれほど長い道のりか本当に嫌になっていたところだったけど、今日、ふたりほど私と全く同じ意見の人がテレビで発言していて、少し安心した。
ひとりは、空爆されているアフガンからレポートを続けている辺見庸。彼も「アメリカの空爆は絶対に許さない」というタイトルでインタビューに答えていた。「人々の想像力の欠如」も嘆いていた。テロ撲滅のかけ声に消される、生身の人間の、それも何の罪もない最貧困の女性や子どもの死を皆わすれていることを嘆いていた。

ふたりめは、「カンダハール」を撮った監督が、涙ながらに語っていた。
「世界中の人が、アフガンの人々を見捨てていた。アフガンに地雷をまかずに、麦の種をまいていたら、それだけ多くの人が死なずにすんだのに。」
ほんとうに・・・どうして地雷だけを送ってきたのか・・・涙なしには語れない。


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この20年間の「対テロ戦争」の始まりを、当時の日記をもとに綴ってきました。
2002年1月16日の日記を最後にしたいと思います。
この涙が、「花と爆弾」の最後のページの詩につながっていきました。
その詩を掲載したブログをリンクいたします。

■7世代に思いをはせて (2021/9/11))
【第674号】爆弾ではなく小麦の種を落としていたら
https://nanasedai.blogspot.com/2021/09/674.html


2001年9月の日記はリンクをご覧ください↓
http://flowersandbombs.blogspot.com/2021/09/

10月以降の日記はこちら。↓
http://flowersandbombs.blogspot.com/2021/10/




『花と爆弾ーもう、戦争の暴力はやめようよ』p.50から、
満月に照らされるがれきの中でうずくまる猫



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