2025/08/07
『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』を読んで
7月の参院選で、最も衝撃を受けたことは、多くの人が「日本人ファースト」というフレーズに熱狂し、それにまつわる誤情報を信じたことが、投票行動によってあらわされたことでした。
『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』大治朋子著 毎日新聞出版 2023年刊
様々な専門家へのインタビューを通して、多くのことを気づかせてくれた書籍でしたが、その中から、少しご紹介させていただきます。(緑字は引用文です。)
「人間は事実やデータではなく物語の形式で考える。」
「人間はナラティブという形式で、世界を、そして自分や他者、世界を定義して生きている。」(p.6)
「(そのように人間を動かす力のある)ナラティブと、その影響力を最大化、最適化するアルゴリズムを組み合わせた「情報兵器」による世界最大規模の人心操作の実態。それは現代社会にうごめく「見えざる手」ともいうべきものだった。」(p.7)
詳しくは、本書を読んでほしいのですが、簡単に人心操作の流れを説明すると、
一握りのノード(政治から見捨てられていると思っている中年男性の層)にひとしずくのナラティブ(例えば外国人が悪い!みたいな言説)を垂らす→コアグループを中心にSNSで拡散→既存メディアが取り上げる→政治家が食いつく→より公の場での議論となり、一般市民へと広がる
「まるで血流にのるように社会全体に循環する。操作する側はただそれを眺めていればよい。」(p.184)とケンブリッジ・アナルティカ元研究部長。
ケンブリッジ・アナルティカは。2016年のトランプ大統領誕生の選挙で暗躍した企業ですが、もう、今では、上記のスキームで世論を操作することは、どこでも容易だとも書いてありました。
そして、「一握りのノード」の対象として、「政治から見捨てられていると思っている中年男性の層」が挙げられる理由のキーワードは、「パラノイア・ナショナリズム」です。
長くなりますが、引用します。
『希望の分配メカニズムーパラノイア・ナショナリズム』(2008年)の著者のガッサン・ハージ氏によると
「そもそも人間は「希望する主体」であり、社会は「希望」とそれを生み出す「機会」を作って人々に分配する、いわば「希望の分配システム」を担う。ところが経済のグローバル化に伴う規制緩和や格差の拡大、福祉政策の縮小などにより、各地で既存の分配システムが破綻。そこからはじき出され、「新たに周縁化」される人々を大量に生み出した。
彼ら(パラノイア・ナショナリズムの人々)は、国家にもともと差別されてきた先住民族や移民・難民らとは異なり、希望を持てない環境に慣れていない。そこで国家との一体感が感じられるナショナリズムを「希望のパスポート」にしようと試みるという。そして母なる国家が、税金を使って移民・難民やシングルマザー、生活保護受給者といった既存の社会的弱者を守ろうとすると嫉妬し、敵視し、彼らは国家を食い潰す外敵だと訴えて国を「憂える」。
そうすることで自分は国家に包摂されている、国家に必要な存在だ、自分たちこそ国家を管理しているのだ、という心理的な一体感を一方的に見出し、生きる希望に代えようとするのだという。(中略)そんな彼らは国家から希望の分配を拒否された「内なる難民」とも呼ぶべき存在だという。」(pp.54-55)
「ケンブリッジ・アナルティカは、こうした人々の不安や憎悪の感情を感染拠点に、保守系政治家の支持基盤の拡大などを図った。」(p.195)
不安感情と密接に絡むのが陰謀論だろうとのことで、
虫明元東北大学大学院教授によると前頭前野の性質として、「不安の要素が加わってくると、右か左か白か黒かという形でさっさと結論を出したがる。結論はだいたい右か左の極論になってしまう」。しかも「不安が思考の最初にある人」は、どの情報が「不安をより取り除いてくれるか」という観点で見てしまいがちで、そこが結局「弱み」になってしまうという。」(p.282)
人間は不安や怒りを覚えると、冷静に判断する余裕がなくなり、直情的、単純思考に走りやすくなるので、社会においては、そうした「内なる難民」を生みださないための格差是正、そして、個人においても心のバランスを保つ工夫や他者との関わり、コミュニティの再構築が大切との提言もありました。
最後に、本書を通して思ったことをまとめますと、私たち人間は、それぞれの物語を生きているようなので、その物語を誰かによって、気がつかないうちに書き換えられてしまわないように、いろいろと知っておくことが大切だということです。
本書では、人心操作の対象になりやすい人たちの属性、また、私たちの脳の処理機能とナラティブの関係、ナラティブの持つ力によるPTSDの克服、コミュニティの再構築など、様々な専門家とのインタビューを通して、具体的事例を列挙してくれていますので、ぜひご一読ください。