2025/08/07

 

『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』を読んで

 7月の参院選で、最も衝撃を受けたことは、多くの人が「日本人ファースト」というフレーズに熱狂し、それにまつわる誤情報を信じたことが、投票行動によってあらわされたことでした。

 どうしてそのようなことになるのだろう?難民や移民を標的にするような現象は、アメリカやヨーロッパでも起きてきましたが、日本でも、参院選で繰り返されたことに悶々とする中、偶然一冊の書を手にしました。

『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』大治朋子著 毎日新聞出版 2023年刊 

様々な専門家へのインタビューを通して、多くのことを気づかせてくれた書籍でしたが、その中から、少しご紹介させていただきます。(緑字は引用文です。) 


 ナラティブとは、「物語」や「語り」を意味する言葉ですが、

人間は事実やデータではなく物語の形式で考える。

人間はナラティブという形式で、世界を、そして自分や他者、世界を定義して生きている。」(p.6 

 とのことで、

「(そのように人間を動かす力のある)ナラティブと、その影響力を最大化、最適化するアルゴリズムを組み合わせた「情報兵器」による世界最大規模の人心操作の実態。それは現代社会にうごめく「見えざる手」ともいうべきものだった。」(p.7

 

詳しくは、本書を読んでほしいのですが、簡単に人心操作の流れを説明すると、

 

一握りのノード(政治から見捨てられていると思っている中年男性の層)にひとしずくのナラティブ(例えば外国人が悪い!みたいな言説)を垂らす→コアグループを中心にSNSで拡散既存メディアが取り上げる政治家が食いつくより公の場での議論となり、一般市民へと広がる

 

まるで血流にのるように社会全体に循環する。操作する側はただそれを眺めていればよい。」(p.184)とケンブリッジ・アナルティカ元研究部長。

ケンブリッジ・アナルティカは。2016年のトランプ大統領誕生の選挙で暗躍した企業ですが、もう、今では、上記のスキームで世論を操作することは、どこでも容易だとも書いてありました。

 

そして、「一握りのノード」の対象として、「政治から見捨てられていると思っている中年男性の層」が挙げられる理由のキーワードは、「パラノイア・ナショナリズム」です。

長くなりますが、引用します。 

『希望の分配メカニズムーパラノイア・ナショナリズム』(2008年)の著者のガッサン・ハージ氏によると

そもそも人間は「希望する主体」であり、社会は「希望」とそれを生み出す「機会」を作って人々に分配する、いわば「希望の分配システム」を担う。ところが経済のグローバル化に伴う規制緩和や格差の拡大、福祉政策の縮小などにより、各地で既存の分配システムが破綻。そこからはじき出され、「新たに周縁化」される人々を大量に生み出した。

 彼ら(パラノイア・ナショナリズムの人々)は、国家にもともと差別されてきた先住民族や移民・難民らとは異なり、希望を持てない環境に慣れていない。そこで国家との一体感が感じられるナショナリズムを「希望のパスポート」にしようと試みるという。そして母なる国家が、税金を使って移民・難民やシングルマザー、生活保護受給者といった既存の社会的弱者を守ろうとすると嫉妬し、敵視し、彼らは国家を食い潰す外敵だと訴えて国を「憂える」。

 そうすることで自分は国家に包摂されている、国家に必要な存在だ、自分たちこそ国家を管理しているのだ、という心理的な一体感を一方的に見出し、生きる希望に代えようとするのだという。(中略)そんな彼らは国家から希望の分配を拒否された「内なる難民」とも呼ぶべき存在だという。」(pp.54-55

 

ケンブリッジ・アナルティカは、こうした人々の不安や憎悪の感情を感染拠点に、保守系政治家の支持基盤の拡大などを図った。」(p.195

 

不安感情と密接に絡むのが陰謀論だろうとのことで、

虫明元東北大学大学院教授によると前頭前野の性質として、「不安の要素が加わってくると、右か左か白か黒かという形でさっさと結論を出したがる。結論はだいたい右か左の極論になってしまう」。しかも「不安が思考の最初にある人」は、どの情報が「不安をより取り除いてくれるか」という観点で見てしまいがちで、そこが結局「弱み」になってしまうという。」(p.282

 

 

人間は不安や怒りを覚えると、冷静に判断する余裕がなくなり、直情的、単純思考に走りやすくなるので、社会においては、そうした「内なる難民」を生みださないための格差是正、そして、個人においても心のバランスを保つ工夫や他者との関わり、コミュニティの再構築が大切との提言もありました。

 

最後に、本書を通して思ったことをまとめますと、私たち人間は、それぞれの物語を生きているようなので、その物語を誰かによって、気がつかないうちに書き換えられてしまわないように、いろいろと知っておくことが大切だということです。

 

 

本書では、人心操作の対象になりやすい人たちの属性、また、私たちの脳の処理機能とナラティブの関係、ナラティブの持つ力によるPTSDの克服、コミュニティの再構築など、様々な専門家とのインタビューを通して、具体的事例を列挙してくれていますので、ぜひご一読ください。





2025/07/21

 

PFAS「水質基準に引き上げ」で、神戸の水道水はどうなる?~水質試験所長と面談した市民の覚え書き~

 

水質試験所に集められた各地で採取された水



71日、環境省はPFOAPFOSについて、水道法上の「水質基準」に引き上げる省令を公布しました。施行は来年4月からで、全国の自治体や水道事業者には水質検査の実施や濃度が基準を超えた場合の改善が義務づけられます。また、現在の「PFHxS」に加え合計8つのPFASが「要検討項目」に位置づけられるとのことです。 

 




これを受けて、2点、確かめたいことがありました。

 

1 神戸市ではどのように対応が変わるのか、特にPFOSPFOAの合算値が基準値の50ng/Lを下回っているが40ng/Lのような「高い」値が検出された時には、どうなるのか?

 

2 要検討項目になる8つのPFASについての検査の方法や市民への情報提供方法は?

( 要検討項目になるPFAS群は、現在のPFHxSに加えて、PFBSPFBAPFPeAPFHxAPFHpAPFNAGenXの8つ)

 

 

そのような折、以前からPFAS問題に取り組んでいらっしゃる香川しんじ神戸市議の水質試験所見学に同行し、所長さんや職員さんと面談する機会を得ました。 

 

結論としては、

 

1 神戸市としては、自治体独自に策定できる水安全計画において、内部運用としてPFOSPFOAの管理基準値を合算で10ng/Lとし、その値を超える事態になったとき、低減措置をとることにしている。

 

2024年にアメリカで決まった規制値はPFOSPFOAそれぞれ4ng/Lで、それよりも少し高い管理基準値ですが、現在のところ、神戸市の水道水は、おおむね合算で5未満~8ng/Lなので、この水準を今後も維持することを神戸市としては目指していることがわかりました。

 

注)神戸市を水源とするものは10ng/L

阪神水道企業団から購入している水は15ng/Lが管理基準値となる説明でした。

現在のところ、どちらの水も、おおむね合算で5未満~8ng/Lです。

 

 

2 要検討項目となる8つのPFASについては、現在、測定の準備を進めていて、来年度からは現在水道局のHPPFHxSを公表しているような形で、情報提供していく。

 

注)こちらのサイトからPFOAPFOS合算値とPFHxSの値が確認できます。

■神戸市水道局 有機フッ素化合物の検査結果

https://kobe-wb.jp/suishitu/suidou-hozen/

 

 

 今回の説明で、初めて「水安全計画」の存在を知りましたが、このように自治体がそれぞれの実情に合わせて管理基準値を決めることができるのは、大切なことだと思いました。

 

関西では、PFOSに加えて、淀川のPFAS製造工場由来と思われるPFOA系の汚染を懸念しなくてはなりません。

PFOAは、もう製造はされていませんが、廃棄物やこれまでの排出による河川や土壌の汚染としての問題はまだまだ続きます。また、PFOA代替のPFHxAPFHpAPFNAが淀川から検出されていることを考えると、全く油断はできません。

 

注)こちらのサイトで淀川本川8地点における調査結果を確認できます。

■有機フッ素化合物(PFCs)の調査結果(令和5年度)大阪市

https://www.city.osaka.lg.jp/suido/cmsfiles/contents/0000499/499786/R5PFAS.pdf

 表1によると、PFCAs PFBAPFNAC4C9)が検出され、PFSAs PFBSPFHxS 及び PFOSC4C6C8)が検出されたことがわかります。

 

 

来年度からは、これらのPFOA系の値を確認し、推移を把握できるようになることは、関西ではとても重要なことですので、検査結果を注視していきたいと思っています。 

面談の後、実際にどのようにPFASの測定をするのか、試験所をめぐって説明をいただきました。 

実は私個人としては、神戸市の水質試験所の訪問は2回目で、1度目は原発事故発生時の水道水の安全確保についてご説明いただいたのですが、その時と同じ所長さんで、今回もとても丁寧に、市民に安全な水を供給できるようできる限りの体制を整えていることを説明してくださいました。

市民の不安に応える機会を作ってくださった、つなぐ神戸市会議団の香川市議、そして、水質試験所の所長さん始め職員の皆さんに、心から感謝いたします。

 

PFAS検査に使われる機器
(かなり高性能な機器とのことです)

 

= 関連サイト =

■「PFAS」来年4月から定期的な水質検査を義務づけへ 環境省

NHK NEWS WEB 202571

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250701/k10014849041000.html

 

■もしも若狭湾の原発のひとつでも事故を起こし、琵琶湖を放射能で汚染したら・・・ 神戸の飲料水はどうなる??~水質試験所の所長と面談した市民の覚え書き~

https://flowersandbombs.blogspot.com/2023/03/ 

原発事故発生時の水道水の安全確保について、ご説明をいただいときのブログです。


布引水源からの水で飼われているメダカ。
毒物が入れられるなど異変が起きた時にすぐさま感知できるように
カナリアの役目をしてくれているそうです。
高性能の機器からメダカまで、さまざまな方法で水の安全を確保してくれています。



2025/06/24

 

「ビジネスと人権」から考える「有害化学物質」PFAS汚染の解決法

 私の住む関西が、(ダイキン淀川製作所が主要な汚染源となって)、発がん性物質であるPFOAPFASの一種)にひどく汚染されていることに気がついた2023年から、その汚染の浄化やさらなる汚染の阻止を、どのようにすればできるのか、模索する日々が続いてきます。

 

この問題の解決のために、国も地方行政も、大手メディアも、ほぼ動かないなかで、一筋の光のように見えたのが、2023年に日本に調査にやってきた「ビジネスと人権」作業部会でした。「ビジネスと人権」とは、国連が定めた、企業活動と人権の関係についての人権尊重の責任を明確にするグローバルな枠組みで、調査官たちはダイキン淀川製作所のある摂津市の住民とも面談し、調査終了後の記者会見で以下のように述べました。

 

「不安を感じるステークホルダー(製作所周辺住民)は、地方自治体も政府も、水道水中のこれら永遠に残る化学物質(PFAS)の存在について、十分な対策を講じていないとして、水と土壌のサンプリング調査や健康に対する権利への影響に関するモニタリングを求めています」

「私たちとしては、UNGP(ビジネスと人権に関する指導原則)と汚染者負担の原則に従い、この問題に取り組む責任が事業者にあることを強調したいと思います」*1

 

 

この作業部会の動きを知って以来、調査で来日された作業部会のYeophantong氏のオンライン・セミナーなどに参加するようになりました。何度かダイキンによるPFAS汚染についても質問しましたが、そのたびに、

 

「人々の健康や人権、環境より利益を優先する企業が、今後国際的なサプライチェーンで生き残るのは難しい」と強調され*2、「ビジネスと人権」のアプローチが、関西のPFAS汚染の元を絶ち、また、日本社会に蔓延する「人々の健康や環境よりも企業利益」という古い価値観を変えることができるのではないかと思いました。 

 


 

今月、この「ビジネスと人権」を具体的にどのようにPFAS問題の解決に活用できるのかを考えるために、2冊ほど書籍を読みましたので、重要と思える部分をまとめておきます。

 

 以下、緑字は引用を表します。

 

『「ビジネスと人権」基本から実践まで』塚田智弘著 2024年刊 より

 

「国際的に認められた人権」と企業が及ぼす負の影響の例

 

・社会権規約第11条(本条は、相当な生活水準についての権利:相当な食糧、衣類および住居を含む相当な生活水準、ならびに生活条件の不断の改善についての権利を保障する。)

  ↓  

企業活動は、地域の給水の汚染や過度な使用により、水についての権利を人々が享受することを著しく妨げる場合、水についての権利に影響を及ぼすことになる。(p.39

 

・社会権規約第12条(健康についての権利:本条は、到達可能な最高水準の身体および精神の健康についての権利を保障している。)

  ↓

採取会社や化学会社など、その活動から汚染リスクが特に大きい部門の企業は、汚染が労働者および近隣コミュニティのメンバーの健康に関する権利に負の影響を及ぼさないことを確実にするために実施している方針および制度について、厳重な精査を常に受ける立場にある。(p.40)

 

 

このように、企業活動による環境破壊を通じて人権が脅かされることのないよう、その防止や軽減のための対応が求められているのです。

 

また、実際に生じてしまった負の影響については救済を提供していくものである点から、被害者はライツホルダー(正確な定義では、人権に負の影響を受ける<可能性のある>者)という語も用いられ、ステークホルダー(利害関係者)の中でも、特に重視されます。

 

では、その重視されるべきライツホルダーと企業はどうかかわるのでしょう?

それは、ステークホルダーエンゲージメントと呼ばれます。

 

 

以下、『「人」から考える「ビジネスと人権」』湯川雄介著 2024年刊 より

 

「ビジネスと人権」対応において、「一丁目一番地」ともいわれるのが、ステークホルダーエンゲージメント。すなわち

人権リスクの特定と評価、それへの対処の追跡調査、そして苦情処理メカニズムの過程において、ステークホルダーとの「有意義な協議」、「フィードバックの活用」、「情報提供」などが求められることが、その出発点。(p.271

 

企業の人権尊重責任は、企業活動による個人の人権への負の影響を予防、軽減、是正することです。そのためには、負の影響を受ける個人(ライツホルダー)本人の話を聞くことが一番確実ですし、それなくしては人権尊重責任を果たすための諸々の行為を適切に行うことはできないでしょう。(p.272)

 

そして、このプロセスは、必須であり、これを省略することは「あり得ない」ぐらいの意識が必要です。(p.274


「話すべき相手」についてよくある誤解(日本ではほとんど以下の様相と思われるので要注意です。)

対話が可能なライツホルダーや関連ステークホルダーがいるにもかかわらず、これらと話をせず、その地域のコミュニティの代表者(例えば村落の長)、現地の政府の担当者(例えば、労働問題を管轄する役所や、地方政府の担当者)と話したり、さらにひどい場合には自社が雇用している現地のコンサルタントに相談する「だけ」という場合があります。

これらの会話には意味がある場合ももちろんあるでしょう。しかし、地元のコミュニティや地方政府などは、ライツホルダーとの距離が遠かったり、投資誘致や税収や雇用の理由により、ステークホルダー本人よりも企業や地域、国の利益(最悪の場合は自身の利益)を優先して考えるなど、そもそもライツホルダーと利害が相反している場合も往々にしてあります。そのような懸念がある中で、たとえ工場がある村の村長や、中央政府の大臣が「工場では人権リスクは生じていない」と認めたとしても、ステークホルダーエンゲージメントの趣旨に照らして全く意味がないことは容易に理解できると思います。(p.282)

                           

以上、ダイキンのPFAS汚染問題の解決に重要と思えるコンセプトを紹介しました

 

 これに則ると、まずは、企業側は、ライツホルダーである周辺住民をはじめ、ステークホルダーに含まれる「人権擁護者」(住民のために正当に問題を提起する弁護士やNGO)との協議、対話、情報提供を持続的に続けていくことが出発点です。そこから是正、救済へと向かうプロセスを構築する。このステークホルダーエンゲージメントを行えない企業は、「ビジネスと人権」の指導原則から逸脱し、人権リスクを引き起こしている企業として、サプライチェーンから外されても不思議はないでしょう(例えば、A社がこのような企業と取引することは「直接関連する」負の影響となり、A社も対応を求められます。)

 

 「人々の健康や人権、環境より利益を優先する企業が、今後国際的なサプライチェーンで生き残るのは難しい」のです。

 

私たちステークホルダーは、この「ビジネスと人権」の指導原則と汚染者負担の原則に則って、PFAS汚染による環境破壊の防止、軽減、是正、そして救済を、汚染者である企業に求めていきましょう。

 

関連サイト 

*1 国連調査団「汚染者負担の原則に基づき、事業者が責任を」/

記者会見開きダイキンを牽制/国連人権委で報告へ

TANSA 「公害PFOA20230804

https://tansajp.org/investigativejournal/10148/

 

*2 東京へ、ジュネーブへ

7世代に思いをはせて第820号 2024629

https://nanasedai.blogspot.com/2024/06/820.html 

 

「ビジネスと人権」作業部会の2023年調査報告書や、指導原則など、有益な情報が掲載されているサイト

■ビジネスと人権 ヒューライツ大阪

https://www.hurights.or.jp/japan/aside/business-and-human-rights/


++ 付記 ++

2024年6月に人権理事会に提出された報告書より抜粋(筆者仮訳)

ビジネスと人権作業部会 報告書 パラグラフ6263

https://docs.un.org/en/A/HRC/56/55/Add.1

62. 作業部会は、東京、大阪、沖縄、神奈川、愛知で、パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)に汚染された水に関する複数の事例を聴取した。これらの事例は、事業活動に関連していると報告されている。作業部会は、以前に複数の特別手続き権限保有者によって強調されたように、PFASと健康への悪影響との関連性を指摘している。

環境省は20231月、科学的根拠に基づく包括的なPFAS対策を議論し、わかりやすい情報を発信することで国民の安全と安心に貢献するための専門家グループを設置した。

専門家グループはその後、政府が河川や地下水を継続的に監視し、血中濃度調査を含む一般的なヒトへの曝露評価を大規模に実施し、最新の科学的根拠に基づいて現在のPFAS暫定目標値を見直すことなどを求めるガイダンスを発表した。

これを受けて、環境省は、PFAS が人間の健康に及ぼす悪影響に関する科学的知識を高める計画を含む、健康への悪影響を防止し、PFAS の適切な管理を確実にするための政策を策定しました。ただし、この政策には、汚染地域の住民の PFAS 血中濃度に関する大規模な調査は含まれない。現在までに、ワーキング グループは、PFAS に汚染された水源の近くに住む人々の健康調査を行う政府の取り組みは限られていると理解している。

これは、学術研究で東京西部の住民が 4 つの有害な PFAS 化学物質にさらされていることが明らかになっているにもかかわらずだ。

 

63. ワーキング グループは、東京都が地下水調査の実施、一部の取水井戸の停止、ホットラインの設置など、前向きな措置を講じていることに注目している。もう一つの前向きな取り組みは、東京の私立病院が PFAS 相談クリニックを設立したことだ。それにもかかわらず、汚染されたすべての地域で PFAS 汚染とその健康への悪影響に対処するには、国レベルでの追加対策が必要だ。これらのケースの多くにおけるPFAS汚染は企業活動に関連しているとされていることから、作業部会は、指導原則と「汚染者負担」原則に基づき、この問題に対処する企業の責任を強調する。





2025/06/10

 

PFAS規制:日本と米国の大きな差の原因は?

 毎週土曜日に発行している拙メールマガジン「7世代に思いをはせて」の868号(2025/5/31)で、国連特別報告者によるPFAS問題についての日本政府への書簡と日本政府の返答のリンクを掲載していました。それを読んだ「ミリタリーポイズンズ」ディレクターで、PFAS問題に詳しいパット・エルダーさんが、即座に日本への警鐘の文書を送ってきてくれました。とても重要な情報とメッセージですので、パットさんの了解の元、拙日本語訳を以下に掲載いたします。


++ 日本と米国の食品および飲料水のPFAS規制 ++

パット・エルダー 202564

日本では、PFOS1日当たりの耐容摂取量TDI)は体重1kgあたり20ng(ナノグラム)で、PFOAについても同様です。

米国環境保護庁(EPA)は、PFOSPFOAの飲料水中の最大汚染レベル(MCL)を設定する際、参照用量(RfD)を使用しています。機能的には、TDIRfDは同じものです。どちらも、生涯にわたって毎日摂取しても健康リスクがない毒素の量を推定します。

 

米国のPFOSRfD0.1 ng/kg/日です。

米国のPFOARfD0.03 ng/kg/日です。


表:概要比較

発がん性物質  日本のTDI  米国EPARfD

PFOS      20 ng/kg/   0.1 ng/kg/

PFOA      20 ng/kg/   0.03 ng/kg/

============================

 

日本におけるPFOSの閾(しきい)値は米国よりも200倍高く、PFOAの濃度は米国値の666倍です。日本は説明を要します。


70 kg(訳注:アメリカ人の平均体重)の人が1日に摂取する量はどれくらいでしょうか?


日本

PFOA 70 kg × 20 ng/kg/ = 1,400 ナノグラム/

PFOS 70 kg × 20 ng/kg/ = 1,400 ナノグラム/

 

米国

PFOA  70 kg × 0.03 ng/kg/ = 2.1 ナノグラム/

PFOS 70 kg × 0.1 ng/kg/ = 7 ナノグラム/

 

米国の多くの科学者は、上記の発がん物質のどの量も安全ではないと主張しています!6年前の記事を参照すると、

PFOAの飲用水中の濃度が0.1ナノグラム/L以下でも、膵がんとの関連性が指摘されています。

日本における膵がんの発生率、有病率、死亡率がアジアで最も高いことは驚くべきことではありません。*

慢性腎臓病もPFOAと密接に関連しています。複数の地域で実施されたスクリーニング検査に基づく研究によると、日本は世界中で最も高い慢性腎臓病の有病率を有しています。**

PFASへの曝露は女性の生殖能力を最大40%低下させる可能性があることが、マウントサイナイの環境保健科学コアセンターの研究者によって判明しました。本日の日本のニュースの見出しは、日本の極めて低い出生率を嘆いていますが、日本においては、PFASと生殖能力を結びつけることは公には受け入れられません。

日本のTDI(耐容一日摂取量)と米国のRfD(参照用量)の大きな乖離は、日本政府と企業の上層部における、知的誠実さと成熟度の欠如に起因しています。

米国は、PFASが極微量で免疫抑制、発達障害、甲状腺機能障害と関連するという衝撃的な最近の研究を根拠にしています。一方、日本は、関連する疾患や障害を浮き彫りにしない、より古いデータに依拠することを好んでいるようです。

米国では、PFAS対応において、大きな公共の圧力、政治的なロビイング、訴訟が起きていますが、日本の人々のPFASへの反応は弱いです。警鐘は鳴っていません。PFAS問題の存在すらほとんど認識されていません!日本は、公衆衛生の問題を厄介扱いし、産業の利益を優先しています。

これは大きな悲劇です。多くの人々の健康が、開かれた率直な対話にかかっています。


= 根拠となる論文 =

Global trends in pancreas cancer among Asia-Pacific population

J Gastrointest Oncol. 2021 Jul;12(Suppl 2):S374S386.

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8343088/#:~:text=In%20Japan%2C%20the%20crude%20incidence,and%20mortality%20of%204.4%2F100%2C000

 

**Chronic Kidney Disease in Japan

Kunitoshi Iseki Internal Medicine/Volume 47 (2008) Issue 8  Pages 681-689

https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/47/8/47_8_681/_article#:~:text=The%20prevalence%20of%20a%20low,CKD%20than%20any%20other%20country

この2本の論文を含め、当該文書のリンクはすべて英文のサイトです。

++        ++      ++


いかがでしょう?最後のメッセージは、私たち日本の市民への貴重な警鐘と激励だと、私は思いました。私たちの健康を守るために、企業の利益にないがしろにされないために、私たちは、率直な対話を要求していかなければならないと、強く思いました。

国連特別報告者も、いつも「対話」を強調されます。それによって政策決定への当事者の参加という大切な人権のひとつが守られるのです。政府、行政、企業との対話を求めて、動いていこうと思います。


最後に、感謝を込めて、パットさんとつながった2024年の神戸での学習会のチラシを掲載します。私は司会を務めました。

チラシ表

チラシ裏



2025/01/03

 

友だちを助けるための国際人権法と民主主義

 民主主義とは何だろう?

昨年の兵庫県知事選を県民として体験し、いろいろ考えた2ヶ月間でしたが、ふと図書館で手にした書籍が、大切なことを思い出させてくれたので、少し紹介します。


友だちを助けるための国際人権法入門」申惠丰著 影書房2020年刊


もしもあなたの友だちが、奨学金ローンに苦しむ学生だったら?性暴力を受けた女性だったら?難民申請中なのに入管施設に収容されたアフガニスタン人だったら?

具体的な事例を元に、国際人権の観点から、国際人権法を説明し、解決の可能性を説明してくれている本ですが、私が一番「そうだよね!」と気付かされたことは、

「友だちを助けるため」という視点です。



友だちの困りごとは、自分の困りごとではないことが多いでしょう。

それが、もしも多くの人が困っていることならば、社会問題としてメディアも頻繁に取り上げ、国会でも取り上げられ、選挙でも争点になって、解決策のための制度ができたり、法改正がされるかもしれないです。


でも、その問題で困っている人が少数だったら?

大多数の人たちは気がつかないまま? 

気がついても「関係ないし」?

今の制度が変わったら「めんどうだし」?


でも、友だちが困っていたら?

なんとかならないかな?と思いませんか?


民意を反映させる政治が民主主義ですが、多数決で決まってしまう民意の危うさを考えた時、多数決の「欠陥」を補い、民主主義を機能させるために大切な視点を思い出させてくれたのがこの本です。


小学校で習いましたよね?

「民主主義では、少数意見を大切にしよう。話し合おう。」って。


それは、少数の意見、少数の人たちの困りごと、少数の人たちが直面している問題でも、その人たちが自分らしく生きられない、能力を発揮できない状態になっていたら、その問題を取り除くために話し合って、皆で努力していこうということではないでしょうか?


それは、友だちへの「おもいやり」だけではなく、国や自治体に解決のために働きかけていくことではないでしょうか?

なぜなら国や自治体は、それを義務として国際人権法で求められているのですから。



人権:生まれてきた人間すべてに対して、その人が能力を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある。

人権とは? (OHCHR: 国連人権高等弁務官事務所)



民意という、多数決や大きな声が牛耳ってしまいがちな民主主義の危うさを補うものが、「人権」なのだなぁと、改めてその大切さに気付きました。



日本ではあまり知られていなことですが、民主主義を機能させるために大切な「人権とは何か」を人々に知らせ、人権を守る役割も兼ねている「国内人権機関」や、人権が侵害されて、最高裁まで闘っても改善されない場合に救済を求めることのできる「個人通報制度」が、日本にはありません。(世界にはすでに120もの国内人権機関があり、G7のうち日本を除くすべての国が、またOECD加盟国のほとんどが何らかの個人通報制度を導入しています。)


日本の私たちは、人権とは何かを教えられる機会もなく、人権が侵害されていても気がつかない状態にあり、気がついて声をあげた人がいても、何が問題なのか理解されず、よって世論に支えられることもなく、法改正も期待できず、裁判などでも救済されず、他の国々の住民のように国際法に救済を求めることもできない・・・。


国際水準の人権から大きく遅れた状況にある日本ですが、

まずは、自分の困りごとではないけれど、「友だちを助けるためにはどうしたらいいんだろう?そのために国際人権法があるんだ!」と教えてくれる書籍に出会えたことに感謝します。


学生向けに書かれた読みやすい本です。ぜひ、目次だけでもご覧ください。


「友だちを助けるための国際人権法入門」申惠丰著 2020年





~ 関連サイト ~


■日本に国家(国内)人権機関を

国際人権ひろば No.172(2023年11月発行号)

https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2023/11/post-201972.html


■個人通報制度の導入を目指して 

国際人権ひろば No.169(2023年05月発行号)

https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2023/05/post-201957.html



~ 関連ブログ ~


国際人権についての基本的理解をまとめました。

■『武器としての国際人権』を読んで・・「失われた30年」

Words for Peace 2023/1/03 

http://flowersandbombs.blogspot.com/2023/01/ 


コンピュータープロパガンダに操作させる民主主義の危うさについて。

■『操作される現実』を読んで

Words for Peace 2024/12/11 

https://flowersandbombs.blogspot.com/2024/12/



2024/12/11

 

『操作される現実』を読んで

 

当初の予想に反して(厳密に表現すると選挙期間中の2週間ほどで世論が一変したことによって)、失職した前兵庫県知事が再び当選するという事態を兵庫県民として目の当たりにし、非常に当惑していた時に出会った書籍『操作される現実』(サミュエル・ウーリー著 2020年刊行)について、紹介します。

体験するまでヒトゴトでしたが、この現象は世界的に2011年ごろから始まり、2016年の米大統領選挙から顕著になっており、それがとうとう兵庫県でも起きたということを改めて実感しました。書籍にあったその実態と、今後と、対策を簡単に記します。

*『操作される現実』からの引用部分は綠色で表示します。 

                          



「コンピューター・プロパガンダ」の実態


著者のウーリーは、現在行われているソーシャルメディア(SNS)を使った煽動行為を「コンピューター・プロパガンダ」と呼びます。2016年の米大統領選では、フェイスブックやツイッター(現X)のような個人情報を大量に保持しているSNS企業が、広告主がターゲットにする属性の個人情報を販売することによって、ターゲットにピンポイントに広告主の意図する記事や動画をオンライン上で見せることを可能にし、またそれらのコンテンツが人気があるように見せる「ボット(決められた作業を自動で繰り返すプログラム)」が、「現実を壊した」と紹介されています。



・ソーシャルメディア・ボットとはどのように使われているのか?


使用されているボットは簡単に構築し起動できるもので、行われるコミュニケーションも単純なものだった。同じ攻撃を何度も繰り返し、使用するハッシュタグも変わらなかった。本当の問題は、ボットを開発した人々と、それにお金を払った人々だった。彼らは狡猾にも、ボットを使うことで、オンライン上に大規模な運動が起きているかのような錯覚を起こさせるというアイデアを思いついたのである。大量のボットを使ってハッシュタグの使用回数を急上昇させれば、ツイッターのハッシュタグのトレンドを捏造できることを発見したのは、人間だった。pp.26-27


政治ボットと、人間が運営するサイバー軍が、重要な政治的イベントにおいてプロパガンダを推進し、特定の意見を広め、反対派がソーシャルメディアを介して団結する力を弱めた。選挙期間中、オンライン上のコミュニケーションを大幅に歪めた者が、僅差で勝利した。また、政治が危機に瀕しているという偽情報が、驚異的な速度で拡散された。p.74


(2014年にブラジル総選挙でプロパガンダ・アカウントを運営していた)「アクティベーター」の言葉

 「どんな候補者であれ、報酬を得て支援する以上は、その候補者を賞賛し、反対派を攻撃し、時には他の偽アカウントと協力して、話題のトピックをつくり上げます。」

「私たちは一般の人々には反論しきれないほど大量のメッセージを投稿しているので、それで【議論に】勝つこともできますし、あるいは本当の人々、つまり現実の活動家たちに訴えて、私たちのために戦うよう仕向けるという戦術を取ることもできます。」p.162



・動画について

 動画は、その複数の感覚に訴える性質によって、真実をさまざまな形に曲解させる強力なツールになる。研究によれば、動画は文章よりも記憶に残りやすいため、アイデアを広める際には効果的で、より有利なツールとなる。p.216



2 今後のコンピューター・プロパガンダのツール


 上記のツールはまだ単純で機械的なものですが、世論を歪めるには十分効果的でした。今後、AIによる「人間らしいコミュニケーション可能な」ボットや、本物と見分けがつかないようなフェイク動画の登場、そしてVRのような没入型のメディアが、コンピューター・プロパガンダに利用されると、一体どうなってしまうのでしょう?

 今後の利用されるであろうツールの紹介は、4,5,6章で詳しく述べられているので、気になる方はそちらをお読みください。



3 コンピュータ・プロパガンダへの対策


・デジタル詐欺やプロパガンダに対する早期警告システムの必要性

 特にソーシャルボットや自動化されたシステムによって実行されている場合で、それは容易に追跡することが可能だ。(中略)複数のデータの流れを集約し、そのデータを透明化して、パターンを明らかにし、最高の分析と計算ツールを用いて、変化のシグナルを検出するのです。p.326



新しい法律では、ソーシャルメディア企業が、そうしたグループ(もっとも脆弱な立場にあるマイノリティの人々や影響を受けやすい若者や高齢者)をターゲットにして政治的な誤報や虚偽を掲載するような広告を販売することを、より明確に違法とするべきだ。p.341



選挙運動通信(選挙期間やその前の時期に、特定の候補者に言及する形で行われる放送などのコンテンツ)の定義を拡大して、オンライン広告も含まれるようにし(中略)、選挙運動通信の定義を満たすオンライン広告は規制されるべきである。p.359

例:広告内において、「この広告の料金は~が支払っています」という情報を開示する義務を、デジタル広告にも適用する。p.360



最後に、著者からのメッセージ

 「テクノロジーは民主主義と人権の価値を踏まえているべきだと、私は考えている。これから登場するさまざまなデバイスが、真実をさらに損なうことのないよう、私たちが作るツールの中で平等と自由が最優先されなければならない。」p.17


著者紹介:サミュエル・ウーリー=オックスフォード・インターネット研究所のコンピューター・プロパガンダ・プロジェクトを主宰しディレクターを務めた研究者



追記:コンピューター・プロパガンダの実例


・日本の総選挙について

朝日新聞が2018年に報じたところによると、ドイツのエアランゲン・ニュルンベルク大学の研究チームが、14年に行われた日本の総選挙を対象に、投票日の前後に54万件のツイートを分析した。するとツイートの8割がボット等によるもので、その多くが当時の安倍政権を支持するメッセージを拡散するものだったという。」p.370



・ルーマニアの大統領選挙のニュース

■ルーマニア大統領選、ロシア介入やSNS不正操作で憲法裁判所が無効判断

JETROビジネス短信 2024年12月10日

https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/12/5539b706af134586.html

「ルーマニア憲法裁判所は12月6日、11月24日に実施された大統領選挙を無効とする判断を示した。同裁判所の判例報告によると、選挙では候補者間の機会均等をゆがめる行為として、テクノロジーによる不正操作や、未申告の資金源からの選挙運動資金の提供、プロパガンダや偽の情報を認めた。SNSプラットフォームのアルゴリズムを利用して特定の候補者の露出が増えると、他の候補者の露出が減るような操作も確認され、明らかな不平等もみられた。」



・兵庫県知事選で起きたこと


■斎藤知事1期目の公約達成率は27.7% 

出直し選、SNSで「達成率98%」の誤情報広がる

神戸新聞NEXT 2024/11/28

https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202411/0018391068.shtml


■なぜ若者はNHK党の「迷惑街宣とデマ」を支持したのか

「斎藤知事復活」で広がる"選挙ハック"という闇ビジネス

President Online 2024/11/25

https://news.yahoo.co.jp/articles/6e8320b6248272d4ae13b7f80569777d5fa298ea

「選挙ハックはそれで儲かる仕組みになり、ガセネタでも過激な発言でもクリックになり動画が再生されればそれを流した人の利益になるビジネスモデルである以上、プラットフォーム事業者も広告利益になり悪用する陣営と共犯関係になり得る」



重要な提言です。

■〈社説〉兵庫県知事選の混迷 ネットの功罪見つめる時

信州毎日新聞DIGITAL 2024/12/02

https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024120200104

「選挙で収益を得ることができる広告の仕組みを改善できないか。選挙中の関連動画には広告を付けられないようにすることを検討するべきだ。

既存メディアの役割も問われる。紙面や放送という従来の枠組みだけでなく、選挙期間中にSNSの場でファクトチェックに積極的に取り組む必要がある。」



2024/08/15

 

『人間の証明 拘留226日と私の生存権について』を読んで

 「人質司法」をご存じですか?

ぜひお読みください。
なぜ月が表紙に使われているのか、
人質司法でどれほど生が蝕まれるのか
月のエピソードが語っています。

警察や検察などの捜査当局や裁判所が、「そのような犯罪を私はやっていない」と罪を否認したり、黙秘している被疑者や被告人を、長期間拘留する(人質にする)ことで自白等を強要しうる日本の刑事司法制度は、「人質司法」として批判されています。


私も、否認すると延々と拘置所に留められて、社会生活を潰されかねないという事実は以前から聞いており(実際そのような被害に遭った同業者の大学教員も)、この人質司法は、えん罪の温床であり、日本の司法による人権蹂躙だと思ってはいました。


しかし、人質司法による人権侵害は想像以上の酷さであることを、先日、角川歴彦さんが人質司法違憲訴訟を提訴した時の記者会見を拝見し、また今回、日本と世界に向けて、日本語と英語で同時発売された『人間の証明~拘留226日と私の生存権について』を読み、思い知りました。この人質司法の犠牲者になるのは、何も角川さんのように特捜がらみのような重大事件のみならず、痴漢や万引など日常的な犯罪の被疑者になってしまっても、同じ手法で犠牲になってしまうのです。自分の身に降りかかったら・・・と想像しながら読み進めました。(以下、引用文は綠色で示します。)



まず、驚いたのが、被疑者になったとたんに「囚人」扱いになる点です。

有罪が確定するまで無罪として扱われるはずの被疑者・被告人の人権は、日本では当然のように蹂躙されていることが、よくわかりました。

象徴的だなと思ったのは、起訴された角川さんに「これから囚人として扱う」と看守が言い渡したところ。逮捕された瞬間から、さんざん尊厳を踏みにじられる行為(ここでは紹介できないほどの酷い扱いです。原書をお読みください)を強要されてきた角川さんが「え?これまでとどう違うの?」と尋ねると、「何も変わりません」と看守。


 起訴はされたが、私は罪が確定して刑罰を受けるために拘置所にいる既決囚ではない。(中略)つまりは完全に犯罪者扱いであり、そこには有罪が確定するまでは無罪として扱われるという刑事司法の基本「無罪推定の原則」はいっさい顧みられていない。(pp.38-39)


 すなわち、逮捕された瞬間から、囚人と同様に拘禁され、身体的苦痛を強要され、ひとりの人間としての自由と尊厳を奪い取られて当然という状態が、「私は罪を犯していない」と訴える限り、何ヶ月も続くのです。


 拘置所の「単独室」が描写されていましたが、部屋の奥にある洋式トイレには衝立がなく、廊下から丸見えで屈辱的です。また、その奥にある「窓」が異様です。


 普通の窓は、室内から外の景色を眺めるために設けられる。いわば98%の自然光と空気を取り込むために工夫する。しかし、ここでは逆に外界と98%遮断するために取り付けられている。(中略)

  なぜ本来の機能を持たない窓を設置しているかと言えば、「窓もない非人間的な空間だ」と外部から批判されないためである。人間的空間に見せながら、実は外界と遮断した非人間的な空間。すなわち拘置所の窓は一種のフェイクでありフィクションなのだ。(p.42)



この異様さは、医務室でも際立ちます。


 何度も倒れ、拘置所では命をつなげるか覚束ない。何とかここを出られないものか。拘置所の医務室でそんな思いを漏らしたことがある。すると医者が冷ややかに告げた。

「角川さん、あなたは生きている間にはここから出られませんよ。死なないと出られないんです。生きて出られるかどうかは弁護士の腕次第ですよ」

 隣にいる刑務官を見ると、無言でうなずいていた。(p.75)


ホラーです。

死を覚悟した角川さんと危機感を持った弁護団は、公判で不利になる様々な点に「同意」するという苦渋の選択をし、これまで却下され続けてきた保釈請求をなんとか通そうとします。

裁判所の決定を待っている時の角川さんの思いが書かれています。


 彼ら<検察>はどうしても私を拘置所に閉じ込めておきたかった。体調がさらに悪化しようが、死に瀕しようが、意に介さない。なぜなら最終的に拘留を決めるのは裁判官であり、あくまで意見書を出しただけの検察官は責任を追及されない構図になっているからである。(p.80) < >は小橋による追記



非人間的と批判されないようにフェイクの「窓」を設置し、責任は裁判所だからと、死も意に介さず拘留を続けようとする検察という国家権力。

この検察という機関は、民間のブラック企業や、カルト集団ではなく、国家権力だというところが、この上なく恐ろしい。

公判で不利になる条件をのんでも保釈を選んだ角川さんは、この国家権力と人質司法違憲訴訟で闘う覚悟を決めました。


 裁判では、人質司法の存在を資料や証言から明らかにしたうえで、人質司法が憲法で保障された基本的人権を侵害していることを立証していく。

 さらに、国際法は、個人の自由権の一つとして「自白の強要からの自由」を保障している。人質司法が国連の自由権規約が禁じる「拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い」や「人間の尊厳に対する侵害」「恣意的な拘留」「無罪推定原則否定」などに違反することを争点に据える。

 人質司法は刑事訴訟法の運用によって常態化してきたが、日本が批准した国際法規は国内法の上位に位置すると考えられている。国際法規に抵触する法律や制度は改正、廃止されなければならないのだ。(p.116)



この人質司法違憲訴訟は、角川さんご自身も何度も言及しているとおり、角川さんにかけられた嫌疑で無罪を主張するためのものではなく、国際法的にも恥ずべき人質司法という人権侵害をなくすためのものです。

 海外から「中世のなごり」と批判され、憂慮すらされる日本の司法制度を近代化して、自分と同じ犠牲者を生まないよう死力を尽くす。それは出版人としてメディアに生きた者の責務でもあり、生涯最後の仕事として取り組むに値する。(p.125)



最後に、私が最も怖いと思ったこと。

日本という国は、実のところあらゆる点で、「フェイクの窓」が取り付けられているのではないかということ。なんとなく光が差し込んでいるので窓があるつもりだけれども、開けようと思って近づいて初めて、フェイクだ!開かない!みんな気がついてない!と気付くような、そんな恐ろしさ。


ひとつでもほんものの窓を得るための、人質司法違憲訴訟となることを願って、注目していこうと思います。



= 引用文献 =

『人間の証明 拘留226日と私の生存権について』角川歴彦著 リトルモア 2024年刊

https://littlemore.co.jp/isbn9784898155882


= 関連サイト =

【記者会見動画】「残りの人生をこの裁判に懸けたい」

KADOKAWAの角川歴彦元会長が人質司法で国を提訴

2024年06月27日公開

https://www.videonews.com/press-club/20240627-kadokawa


■角川歴彦さんが提訴した人質司法違憲訴訟の意義

2024年6月27日

https://newspicks.com/topics/criminaljustice/posts/37



まさに、ひとどとじゃない事例が示された、よくわかるサイトです。

            ↓

■ひとごとじゃないよ「人質司法」

https://innocenceprojectjapan.org/about-hostagejustice


角川さんの事件とは直接関係ありませんが、

人質司法が引き起こしたえん罪事件で取り調べた検事が審判されることに。

少し司法も変わりつつあることを願います。

          ↓

■大阪高裁付審判決定、東京の特捜検察にも大きな “衝撃” 

「検事取調べ検証」は不可欠   2024年8月13日

 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/38a7576ac17a05fd9e675544aa0b5199af919216


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