2026/08/12

 

国連報告書「永遠の化学物質(PFAS)と人権」から考える日本への提言

 有害物質及び廃棄物に関する特別報告者が、「永遠の化学物質(PFAS)と人権」と題する報告書を9月の国連人権理事会に提出します。報告書は76日付で国連のサイトにて公表されており、世界に向けて早急な脱PFASと汚染の管理を求める内容となっていますので、ぜひAI翻訳などを使ってでも全文を読むことを薦めます。以下は、小橋が重要と思う点を抜粋引用(緑字は小橋による日本語訳)しながらの報告書の解説と、そこから小橋が考える日本への提言です。 

                                


1 報告書から見る世界の潮流

 

まずは、サマリー(概要)を読みます。この報告書において特別報告者は

PFASが、いかにして人権の十全な享受を阻害しているかを検証する。自然界に類似物質が存在しないこれらの極めて残留性の高い化学物質が、生命を支える生態系の化学組成を不可逆的に変化させ、人類および環境の健康を阻害する潜在的リスクを有していることを考察する。そして、PFASが人権と環境に対して甚大な脅威をもたらしていると結論づけ、その結果として、PFASのすべての非必需用途を直ちに禁止するとともに、PFASを効果的に管理し汚染を防止するために、あらゆるレベルで緊急の行動をとる必要がある」とします。

 

すなわち、特別報告者は、環境ばかりでなく人権を脅かすPFASの危険性を指摘し、その非必需用途の即時禁止を求め、さらに、汚染防止と管理強化のため、あらゆるレベルでの緊急行動が必要であると結論づけたのです。

 

報告書では、多様な事例の考察が続きますが、その勧告を読んでみましょう。

特に、日本の状況に関係する勧告を抜粋します。

 

パラグラフ97 特別報告者は、各国に対し、以下のことを推奨する。

(a) PFASのすべての非必需用途を直ちに禁止し、一括規制(クラス規制)の対象としてPFASを効果的に管理し、段階的に廃止するための包括的な国内法、規制、政策、計画を遅滞なく採択すること。これには、PFASの生産、市場への投入、製品や産業プロセスでの使用、環境への排出、ならびに水、大気、土壌、食品中への存在を規制することが含まれる。

 

(b) PFASによる「犠牲地域(サクリファイス・ゾーン)」で生じている人権侵害を終わらせるために直ちに行動を起こすこと。具体的には、PFAS曝露の被害者に対する医学的モニタリングと治療の提供、PFAS製造施設の段階的廃止、PFAS汚染の管理、および汚染された場所の浄化を行うこと。

 

(c) 深刻なPFAS汚染に曝露された個人、労働者、地域社会に対し、司法へのアクセスと効果的な救済(補償や環境の回復を含む)を保障し、差止命令、一時的な操業停止、緊急支援といった暫定的な保護措置が利用可能であることを確保すること。

 

また上記の施策としての勧告が続きます。

 

(e) PFASへの対処において、既存のあらゆる国連の枠組みを最大限に活用すること。これには、PFASを含む廃棄物への対応を含め、バーゼル条約、ロッテルダム条約、ストックホルム条約など、すでにPFASを規制している国際的な枠組みをさらに強化し、効果的に実施することが含まれる。

 

(m) 「汚染者負担の原則」を適用し、PFAS汚染に責任のある企業が、環境浄化にかかる全費用と、飲料・衛生・その他の用途のための清潔で安全な水の供給にかかる費用を負担するようにすること。

 

(n) PFAS製造施設の段階的廃止によって悪影響を受ける可能性のある労働者や地域社会を支援するための、「公正な移行(ジャスト・トランジション)」の戦略を策定すること。

 

注:犠牲地域

「特定の産業の利益(利益を得るのは主に大企業や先進国の豊かな人々)のために、特定の地域やそこに住む住民(主に低所得層、マイノリティ、先住民など)の健康や環境が『文字通りいけにえ(犠牲)に捧げられ、見捨てられている地域』」 環境と人権に関する特別報告者プレスリリースより

 


日本におけるPFAS汚染の主要な汚染源としては、軍事基地、産廃処分場や製造工場などを稼働する企業などが挙げられますが、企業に対する勧告は以下のとおりです。

 

パラグラフ99 特別報告者は、金融機関を含む企業に対し、以下のことを勧告する。

(a) PFASまたはPFAS製造技術を製造、使用、または流通させるプロジェクトへの融資を回避すること。

(b) PFAS関連のリスクから安全な職場環境を確保すること。

(c) PFASに関する社内調査の結果を全面的に公表すること。

(d) 消火用泡消火剤などのPFAS製品について、回収の仕組みを構築すること。

(e) 安全な非PFAS代替品の開発に資源を配分すること。

 

 

以上勧告のみの紹介ですが、さまざまな事例をもとに構成されたこの報告書は、世界のPFAS規制と「脱PFAS」の潮流を決定的に加速させ、後退を許さないレベルにまで前進させると推測できます。なぜなら、これまでは単なる「環境基準値の議論(数値の管理)」であったPFAS問題が、健康、安全な飲料水、清潔な環境、そして司法へのアクセスといった「人権」を直接侵害するものとして再定義され、報告書が「金融機関はPFAS関連プロジェクトへの融資を避けるべき」と明記したことのインパクトは大きいからです。

 

今後は、PFOSPFOAのみならず、包括的PFASについて、その製造、放出や不適切な管理が、「国際人権法に基づく明白な人権侵害の証拠」となり、企業にとっては、環境基準のクリアだけでなく「人権デューデリジェンス」を怠ったという巨大な法的・財務的リスク(賠償金や巨額の浄化費用)となります。それにより、投資家や銀行は、深刻なリスクとしてPFASの製造や、それを大量に使用する企業からの投資引き揚げ(ダイベストメント)を始め、企業は生き残りのために「脱PFAS」を余儀なくされることになりえるのです。

 

 

2 報告書から考える日本政府への提言

 

報告書では、日本政府が提出した情報の飲料水のPFASの水質基準についても触れられていますが、それは、日本の規制の遅れを環境的不正義における格差を示す例としたものでした。

 

パラグラフ75:以下の例は、規制の違いを示している。米国は、飲料水中のPFOAおよびPFOSについて、最大汚染物質濃度を1リットルあたり4ナノグラム(ng/L)と定めている。(中略)日本は2020年に50 ng/Lという暫定指針値を設定し、2026年にはこれを恒久的な水質基準へと移行させた。この基準値は、米国やスウェーデンが設定している基準値の12倍以上高いものである。

 

パラグラフ7677では、沖縄の米軍基地周辺の甚大なPFASによる水質汚染への言及と、フランスでのPFAS規制(飲料水中の総PFAS濃度について、100 ng/Lという基準値の設定と、化粧品、繊維製品、およびスキーワックスへのPFASの使用を禁止する国内法)が紹介され、この環境的格差についての懸念が述べられるのが、次のパラグラフです。

 

パラグラフ78:こうした規制のバラつきは、事実上、環境的不正義における格差を生み出している。すなわち、ある国の住民は、別の国の住民に比べて、安全な水への基本的人権が十分に保護されないという格差である。人類は皆、同じ生物学的性質を共有しているにもかかわらず、居住地によって健康や環境の保護水準に違いが生じている。

 

 

日本の行政は、食品安全委員会のPFASリスク評価書の中で繰り返された、PFASの発がん性などの有害性を示す研究について「結果に一貫性がなく証拠は限定的である」「関連については判断するための証拠は不十分である」という文言に依拠して、現行の水道水の基準を設定した訳ですが、上記の環境的不正義の格差是正のために、その再考は避けられないものではないでしょうか?

 

食品安全委員会のPFASリスク評価を紹介する英文サイトでは、この評価の参考文献として、20年前の研究が掲載されています。疫学調査を含む最新の科学的知見を取り入れてのリスク評価のやり直しを、日本国民のひとりとして、強く求めます。

その上で、早急な飲料水規制値の強化、またPFASの環境への排出、ならびに水、大気、土壌、食品中のPFASについての規制基準の設定、PFAS汚染被害地での住民の血液検査など、特別報告者の勧告に沿った施策を求めます。

 

 

3 報告書から考える日本企業への提言

 

企業活動によるPFAS汚染について報告書より抜粋します。

 

パラグラフ34PFAS以外の革新的な非PFAS技術やその他の社会的配慮よりもPFAS技術を優先する政策は、一部の企業の経済的利益には寄与するものの、社会や汚染の負担を強いられる人々には不利益をもたらしている。PFAS生産の大部分は12社のメーカーが担っており51、それによる世界的な利益は推定40億ドルに上る。一方で、欧州だけでも医療費は年間推定520億~840億ユーロ、水質浄化費用は2,380億ユーロに達し、さらにPFASに汚染された17,000カ所の浄化費用も必要となる。

 

注:参考文献51に挙げられている世界主要PFAS製造企業12

3M(米国)AGC株式会社(日本)Archroma(スイス)Arkema(フランス)BASF(ドイツ)Bayer(ドイツ)Chemours(米国)ダイキン工業株式会社(日本)Dongyue Group(東岳集団)(中国)Honeywell(米国)Merck(ドイツ)Solvay(ベルギー)

 

 

パラグラフ36:この分野における人権保護を考える上で、確立された環境法の原則は極めて重要だ。被害の外部化という問題は、直ちに「汚染者負担の原則」を想起させる。特定のPFASがもたらすリスクを企業が認識していながら沈黙を決め込んだり、あるいは誤った情報を流布させたりしたという事実は、「科学を享受する権利」や「環境被害の防止原則」に関わる問題だ。多くのPFASについて毒性を示す証拠が存在すること、そしてすべてのPFASが極めて高い残留性を持つことから、PFASという化学物質群全体を適切に管理するために、「防止原則」や「予防原則」を適用する必要がある。PFASをめぐる意思決定において露呈した「組織的な無責任さ」に直面する今、これらの原則は、説明責任がいかに極めて重要かを浮き彫りにしている。 

 

パラグラフ84:スウェーデンのロンネビーで起きた画期的な訴訟は、近隣のスウェーデン空軍基地で使用された消火剤に含まれるPFASに汚染された飲料水が、自治体関連企業であるMiljöteknik社を通じて地域社会に供給された問題をめぐるものだった。2023年、スウェーデン最高裁判所は、血中の高濃度PFASは「人身傷害」に該当し、汚染水は同国の製造物責任法における「欠陥製品」であるとする、先例となる判決を下した。同裁判所は、「血中の高濃度PFASによって現れる著しい身体的変調」は、たとえ特定の疾患と診断されていなくても、不法行為法上の賠償対象となる傷害そのものであると判断した。

この判決は、より包括的な(広範囲にわたる)『害・損害』の法的定義を認めるものであり、世界中のPFAS健康被害訴訟に重大な影響(あるいは波及効果)を与える可能性がある。

 

以上、企業利益のためにPFAS技術を優先することの環境と人権への甚大なる弊害と、その被害の賠償についての汚染者負担の原則、そして「血中のPFAS高濃度」が傷害として賠償対象となり、広範な被害者救済の可能性を高める判決例です。

 

ここから読み取れることは、

PFAS規制について、産業界からは「EVや半導体などのグリーン技術に不可欠だ」「代替品がない」という強い反発(ロビー活動)が続いているようですが、この報告書はそれらを「人権侵害を正当化する理由にはならない」と一蹴しています。

企業は「規制されるから代替品を探す」という受動的な姿勢から、「PFASを使い続けること自体が企業生命を絶つリスクになる」という認識への転換が必要です。

 

日本の多くの企業は「日本の環境省の基準値(暫定目標値)を守っていれば安全だ」と考えているようですが、世界市場(特に欧州・米国)や国連の基準はそれを遥かに超えるスピードで動いているのです。「法的に禁止されるからやめる」のではなく、「PFASを使い続けることは、人権侵害への加担とみなされ、ブランド価値と市場を失う最大のリスクである」という潮流の変化を認識する時です。

 

 

PFAS製造企業・ダイキン工業への提言

 

小橋は関西に在住していることから、ダイキン工業淀川製作所の近隣住民によるPFAS汚染公害調停に注目しています。 

上記の「世界主要PFAS製造企業12社」にも社名が上がるダイキン工業は、企業への勧告のaの「融資の回避」すなわち世界的ダイベストメントの対象として、報告書において名指しされたのも同然です。

また、勧告のcでは、「PFASに関する社内調査の結果を全面的に公表すること」が求められています。ダイキンは、淀川製作所での長年のPFOA製造やその後の代替PFASの製造量や環境への排出量を情報開示していません。公害調停の申し立てに応じるまでもなく、即時の開示が求められます。 

ダイキン工業は「国内の法基準は守っている」「科学的因果関係は未確定」という姿勢を国内向けには崩していませんが、ダイキン工業が「PFASと人権」報告書を深刻に受け止め、グローバル企業として、責任ある行動をとることを期待します。

 

 

最後に

 日本では、他国と比べても深刻なPFAS汚染にも関わらず、その危険性の認識が共有されていませんが、この報告書は、PFASの汚染が単なる環境問題にとどまらず、健康、安全な飲料水、清潔な環境、そして司法へのアクセスといった人権を直接侵害していると指摘しています。PFAS製造企業のみならず、あらゆる企業は、PFASを人権問題として受け止め、勧告と「ビジネスと人権」指導原則に則った対応が迫られています。また、日本政府もこれまでのPFAS問題解決への後ろ向きな姿勢を改め、勧告内容を実現するためのあらゆる法整備に早急に取り組む必要があると理解するときです。

 

関連文献:

■「ビジネスと人権」から考える企業由来のPFAS汚染:汚染事業者の責任とは?

小橋かおる(有害物質に関する人権擁護者)

「日本の科学者」(20266月号)PFAS汚染問題への科学者と市民の共同Part 2

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsci/61/6/_contents/-char/ja 


参考文献51に挙げられている世界主要PFAS製造企業12


 

 


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