2026/09/01

 

見えない汚染からの救済を求めてー新潮流・有害物質における司法へのアクセスおよび実効的な救済に関するガイドライン

私はこれまで見えない汚染、中でも放射性物質とPFAS(有機フッ素化合物)から身を守るために、このブログでも情報発信を続け、また、行政への申し入れや陳情、国連への情報提供、被曝しない権利を求める原発事故被害者の方々の裁判の応援など、さまざまに行動してきました。しかし、身を守るための予防的措置、または見えない汚染物質からの被害の救済は、それが見えないということで、壁にぶつかってきました。

 

しかし、この夏、その壁にひとつ小さな穴が開いていて、そこから覗いてみると、世界では救済方法の流れが変わっているのが見えました。

 

それは、フランスの核実験被害者補償法(通称:モラン法)改正、「ロンネビーPFAS汚染事件」のスウェーデン最高裁判決、そして、国連の有害物質に関する特別報告者による救済のガイドラインA/HRC/60/34です。

 

放射性物質とPFASによる被害にみる救済の新潮流

 

モラン法とは、フランスがアルジェリアや南太平洋(ポリネシア)で行った核実験による放射線被曝で健康被害を受けた軍人や住民を救済・補償するため、2010年に制定された法律ですが、被曝と健康被害(がんなど)との間の「因果関係の証明」が厳しく、申請しても認められにくいケースが多いとして、被害者団体や支援者らによる見直しを求める運動が続いています。

 

新潮流1:立証責任の転換

 

これまでは「あなたの推計被ばく線量は、一般公衆の制限値である年間1ミリシーベルト(1mSv/年)未満だから、がんとは無関係」とされてきましたが、2026年の改正案では、「指定の時期に現地にいた」という事実さえあれば、国が自動的に「この人は被害を被るリスクにさらされていた(=被ばくした)」とみなすことになります。1ミリシーベルトという数値基準は撤廃され、「ガンの発症は核実験のせいではない」と証明する責任(立証責任)がフランス政府側に移り、政府側が「このがんは100%生活習慣や別の原因によるものである」と完璧に証明できない限り、国は補償を拒否できなくなるのです。

 

 

新潮流2:「予防原則」と「立証責任の転換」の同時導入

スウェーデンのロンネビーPFAS汚染事件における最高裁判決は、モラン法よりもさらに一歩進んで、「予防原則」を司法判断(人身傷害の定義)の根底に取り入れ、それによって「立証責任の転換」も同時に導入した判決です。

 

スウェーデンのロンネビーでは、軍の消火訓練により、飲み水が深刻なPFAS汚染に見舞われ、住民の血液からは、通常の数百倍から数千倍という高濃度のPFASが検出されました。PFASは体内に残り続けるものの、今すぐに特定の病気が発症するわけではありません。従来の法律の考え方なら、「将来の病気のリスクはあるが、いま病気になっていないなら『被害(傷害)』とは認められない」と判断されます。ところが、スウェーデンの最高裁判所は、司法の歴史を塗り替える判決を下しました。

 

「血中に高濃度のPFASが蓄積している状態そのものが、身体の著しい悪化(物理的な欠陥・変調)であり、すでに人身傷害(身体侵害)が成立している」としたのです。この判決は、がんなどの病気という「目に見える臨床的結果」の発生を待つことなく、有害物質によって身体の内部環境が不当に変えられてしまった「現在の状態そのもの」を法的な身体侵害と定義しました。これは、「手遅れになる前に法が介入すべきだ」という環境法上の予防原則の精神を、民事責任における人身傷害の定義へと大胆に適用させたものです。この「人身傷害」の定義変更によって、住民側の立証責任が劇的に軽くなりました。すなわち、「血中のPFAS濃度が異常に高い」という事実(検査結果)を証明するだけで足ります。「現時点で病気になっていない以上、法的な健康被害(損害)は発生していない」という反証・免責の立証責任を加害者側へと事実上シフトさせる「立証責任の転換」がもたらされました。

これは、世界の環境司法に大きな一石を投じることとなりました。

 

 

新潮流を世界の救済のガイドラインに

 

フランスのモラン法改正、スウェーデンの最高裁判決、これらは単に外国で起きた、特別な法律・・・そんな風に思ってしまいそうですが、この新潮流を今後の世界の共通認識へと変える大きな柱が、2025年の国連人権理事会に提出された公式報告書『有害物質の文脈における司法へのアクセスと実効的な救済に関するガイドライン』(A/HRC/60/34)です。

 

国連の有害物質に関する特別報告者マルコス・オレリャーナ氏がまとめたこの指針は、有害物質の被害者が司法にアクセスする際、常に「証拠の非対称性」が壁になってきた現実を指摘しました。すなわち、被害をもたらした化学物質の組成や排出データ、健康影響の因果関係に関する情報は、すべて加害企業や行政の側に独占されており、この状況下で被害者に100%の因果関係の証明を求めることは、救済の拒絶に等しいという現実です。

 

そこで当ガイドラインが提示したのが、「立証責任の軽減・転換(Reversal of burden of proof)」です。被害者が「有害物質への曝露(ばくろ)」の事実、すなわち、その物質が自らの生活圏に存在し、身体に取り込まれた可能性を合理的に示し得たならば、それ以上の厳密な因果関係の証明は免除されるべきだと踏み込んだのです。むしろ、安全であることの証明、あるいは因果関係がないことの立証責任は、利益を上げている加害企業や規制権限を持つ国家の側に移行すべきだということです。これは、「製品は安全だ」「汚染と病気は関係ない」と言い張るのなら、その証明は莫大な利益を上げている企業や、規制を怠った国の側がやりなさい、という大転換です。「疑わしきは、市民の救済のために」。国連のガイドラインは、市民の命を守るための強力な国際的バックボーンとなります。

 

それでは、その報告書とガイドラインを読んでみましょう。(以下、報告書より関連部分抜粋。日本語訳は小橋)

A/HRC/60/34

有害物質における司法へのアクセスおよび実効的な救済に関するガイドライン

 

特別報告者は、被害者が司法や救済措置にアクセスする際に直面する障害を査定し、革新的な戦略や優良事例を特定するとともに、それらの障害を克服するための一連の24の指針を提示する。(要約より)

 

結論およびガイドライン

109. 地球規模で進行する有害物質による汚染は、何百万人もの人々が人権を実質的に享受することを阻害している。各国および企業は、有害物質への曝露を防止・低減し、可能な場合には排除することが不可欠だ。しかし、有害物質への曝露による被害が続いているにもかかわらず、被害者が司法へのアクセスや実効性のある救済を得ることを、多くの困難な障壁が妨げている。こうした障壁には、不十分な法制度、情報の欠如、訴訟当事者適格の制限、法的支援の不足、不適切な出訴期限、過大な立証責任、極めて高額な訴訟費用、そして司法判断の執行不足などが含まれる。司法へのこうした障壁は、説明責任を損ない、有害物質に関連する事案における不処罰の状態を永続させるものだ。

 

113. 特別報告者は、有害物質関連における司法へのアクセスと効果的な救済措置について、以下の一連のガイドラインを提示する。

 

ガイドライン1. 各国は、有害物質関連における司法へのアクセスと効果的な救済措置に関する国際人権義務を完全に履行すべきである。

ガイドライン2. 各国は、国際基準及び入手可能な最良の科学的証拠に沿って、環境の質、排出、有害物質及び廃棄物の管理に関する国内基準を制定又は強化すべきである。

ガイドライン3. 各国は、被害者及びその代表者が、有害物質曝露に起因する人権侵害に関する請求を行うために必要な全ての情報(必要な健康情報及び科学的情報を含む)にアクセスできることを確保すべきである。

 

ガイドライン8. 各国は、有害な影響をもたらす可能性のある有害物質に人々が曝露されたことを示す証拠がある場合、有害物質への曝露とその結果生じたリスクまたは危害との因果関係を証明する被害者の負担を軽減すべきである。

ガイドライン9. 各国は、裁判所が「立証責任の転換」を適用し、事実の立証責任を、より適切な立場にある当事者または関連情報を有する当事者に負わせることを確保すべきである。

 

ガイドライン14. 各国は、自国の司法機関が利益相反や企業による支配から独立していることを確保すべきである。

ガイドライン23. 各国は、自国の裁判所が有害物質による被害の防止を優先し、科学的不確実性を伴う事案においては予防原則を適用することを確保すべきである。

 

 

 

日本への提言として

 

国連の特別報告者が提示するガイドラインや勧告は、専門的な調査や国際的な合意形成に基づくものであり、単なる個人の思い付きではありません。ガイドラインに法的拘束力はありませんが、国際社会の行動規範である「ソフトロー」として機能します。そのため、加盟国にはこれを自国の法制度や政策に反映・具現化していくことが期待されています。

 

前述のモラン法改正についても、このガイドラインが提出される前から、有害物質に関する特別報告者は、被曝と健康被害(がんなど)との間の「因果関係の証明」が厳しく、申請しても認められにくいケースが多いことに懸念を表明する書簡をフランス政府に送付していました。モラン法の改正は、ソフトローを反映させた一例と言えるでしょう。

 

翻って、日本政府の対応はどうでしょうか?これまで、健康に対する権利に関する特別報告者や、国内避難民の人権に関する特別報告者が訪日調査を実施し、報告書を提出してきましたが、それらは一向に政策に反映されていません。

 

現在も、東京電力福島第一原発事故で環境中に拡散したセシウムを含む汚染土で中間貯蔵施設にあったもののうち、8000ベクレル/kg以下のものを「除染土」と称して再利用を促進し、829日、30日には、住民に知らせることもなく、仙台市とさいたま市の合同庁舎などの花壇に埋め立てました。これは、2012年の訪日調査をもとに「健康に対する権利」に関する特別報告者が提示した勧告

 

79. 除染について、国連特別報告者は、日本政府に対し、以下の勧告を採用するよう要請する。

(b) 放射性廃棄物の貯蔵場所の位置を明示すること。

(c) 放射性廃棄物の安全で適切な中間・最終貯蔵施設の設置を住民参加により決めること。

 

をまったく無視した施策です。

 

また、国内避難民である原発事故避難者の救済も、政府は帰還政策に力を入れる一方、年月を経るごとに避難者のための支援は切られ、また原発賠償訴訟においても救済が得られない状況です。2023年の国内避難民の人権に関する特別報告者の訪日調査報告書から抜粋します。

 

98.『国内避難民のための持続的な解決策に関する枠組み』は、国内避難民が誰からも強制されずに、この自発的に安全かつ尊厳をもって帰還または他の場所への定住の選択を確実に行使できることを当局に義務付けている。強制には、意図的に誤解を招く情報の提供、特定の選択への支援、持続的な解決策につながる最低条件が確立される前に支援の終了期限を恣意的に設定するなどの暗黙の形態の強制も含まれる。この観点から、放射線は心配ないとする情報のみを提供し、避難民よりも帰還者に手厚い支援を行い、帰還に十分な条件が整う前に国内避難民への支援を終了することは、国際法の基準に反し、持続性のある解決策の選択と避難の権利を侵害するものである。

 

 

健康への権利も持続性のある解決策の選択と避難の権利も侵害されている状態が続く日本。

そして、今、PFAS汚染についてもそのゆるい水道水基準値などに関して、日本政府は、有害物質に関する特別報告者の「PFASと人権」報告書でも対応の遅れを指摘されています。 

 

国連の特別報告者が示すガイドラインや勧告は、世界各国の実態調査や専門家による議論を経て形作られた重みのある指針です 。これを「個人の思い付き」のように扱い、無視し続けることは、日本が国際的な人権基準から取り残されるリスクを意味します。ソフトローは、法的義務ではなくとも、各国が目指すべき共通のゴールです。日本政府は、勧告を単なる「外部からの意見」として退けるのではなく、自国の法制度や方針をアップデートするための貴重な指標として活用し、具体的な行動を起こす段階です。

 

 

引用・関連サイト

引用サイト

■国連有害物質に関する特別報告者による救済のガイドラインA/HRC/60/34(英文)

https://docs.un.org/en/A/HRC/60/34

(スウェーデンのロンネビーPFAS汚染事件の詳細、日本政府のPFAS規制の遅れについての指摘も記載されています。)

■国連「健康に対する権利」特別報告者アナンド・グローバー氏・日本への調査(日本語仮訳)

https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2015/11/130627-Anand-Grovers-Report-to-the-UNHRC-japanese.pdf

 

■国内避難民の人権に関するダマリー国連特別報告者による訪日調査報告書(日本語仮訳)

https://www.hurights.or.jp/archives/investigation-report-2023/

 

関連サイト

■モラン法改正の概要について(英文記事)

https://www.vie-publique.fr/loi/301926-essais-nucleaires-reconnaissance-des-victimes-proposition-de-loi

 

■モラン法改正前の特別報告者からのフランスへの書簡AL FRA 6/2024(英文) https://spcommreports.ohchr.org/TMResultsBase/DownLoadPublicCommunicationFile?gId=29295

 

■有害物質に関する特別報告者「PFASと人権」報告書について解説する拙ブログ記事

https://flowersandbombs.blogspot.com/2026/08/

 

 

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https://news.yahoo.co.jp/articles/47939e633737f63899fa9118fec117aa516c1557

 

  
国連有害物質に関する特別報告者による救済のガイドラインA/HRC/60/34


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